俺は騎士になりたい『第一話 見習い騎士』マハト・オムニバス~ファンタジー世界で能力バトル!~

 俺は、騎士になりたい。
 それがテッドの夢だ。騎士とは国を守り、民を守るヒーロー。どんな敵にも果敢に挑む正義の心、正々堂々と戦い誇りを重んじる気高い精神。そんな騎士にテッドは憧れた。
 それは子供の考える理想の大人、過度な期待から生まれた夢想、絵空事——そう言い切ってしまえばそれまでのことかもしれない。
 だが彼はそんな空想の英雄を信じ、自らも騎士になろうと夢見てきた。そしてようやく騎士見習いとして、その一歩を踏み出した。
「よし、これで準備OKだぜ」
 テッドは初めて支給された隊服に袖を通し、鏡の前で胸を張ってみせた。大きめの隊服はまだ少し不格好に見える。今は隊服に着られているように見えても、これから騎士見習いとして過ごすうち徐々に馴染んでいくだろう。鏡に映る自分の姿にテッドは胸を高鳴らせる。
 今日は騎士見習いとしての初仕事。ここアポテミスでは騎士見習いから下積みを経ることで騎士になれる。今日ここから、憧れの騎士への道が幕を開けるのだ。
 上機嫌のテッドは街へと繰り出した。空は彼の機嫌を映し出すかのような快晴だ。
 騎士見習いの主な仕事は戦闘訓練や騎士としての教養を身につける座学の他、街への奉仕活動がある。奉仕活動を通して騎士に必要な誠実さを養うのだ。
「こんにちは! 騎士見習いのテッドなんだぜ! 何か手伝ってほしいことはない?」
「やあ、ちょうど良かった。今しがたお手伝いを呼ぼうと思っていたところなんだ。手を貸してくれるかい?」
「もちろんだぜ!」
 テッドは困っている人を探して街を歩く。奉仕活動とは、具体的には荷物運びや清掃作業、時にはちょっとしたおつかいなど様々だ。
 言わば街の雑用係なのだが、こういった奉仕活動をテッドは積極的に次々とこなしていく。おっちょこちょいな彼は多少失敗することがあったものの、依頼人は概ね満足して礼を言ってくれた。
 街の人たちは懸命に働くテッドを孫か甥っ子のように暖かく接した。その度にテッドはうれしくなる。騎士見習いとして与えられた役割を果たしているにすぎないが、それ以上に『人の役に立っている』という充実感がテッドを包んだ。
 街は人々の笑顔にあふれていた。騎士としての道は順調に進んでいた。
——そんなある日の出来事だ。
「いて!」
 鈍い痛みにテッドは思わず声を上げる。
 この日はいつものように住人のお願いで荷物を運んでいた。裏路地から大通りに出る瞬間、たまたま通りがかった通行人に激突したテッドは派手に転んでしまう。
 勢い勇んで抱えた大袋が視界を遮り、目の前の通行人に気付けなかったのだ。明らかな運び過ぎ。転んだ拍子に袋からボロボロと丸いオレンジが一面にこぼれだした。
「おいガキ! ちゃんと前を見て歩かないと危ないだろ!」
 激突された男がテッドに怒鳴る。ぶつかったこと、荷物をバラまいたこと、怒鳴られたこと、咄嗟の出来事の連発でテッドは混乱した。
「ううっ、ごめんなさいだぜ。うっかりしてたんだぜ。ああっ、オレンジが……」
 平謝りするテッドに男はさらに何か言おうと口を開く。しかし言葉を発する前に連れのもう一人が男を静止した。
「兄さん、子供相手にそこまで怒らなくても。怯えてるじゃないか……大人げない」
「うるせい。俺はお前みたいに人間できちゃいないんだ。悪いことをしたガキは𠮟る」
「ほら君、大丈夫かい?」
 もう一人が伸ばした手を取りテッドは立ち上がる。まだ心臓がドギマギしていた。
「ふん、おいガキ。弟に免じてこれくらいで許してやる。今度は気を付けろよ」
「あ~あ、オレンジバラまいちゃったね。手伝おうか」
「そんな暇、俺たちにねぇだろ。そのガキの自業自得だ」
 兄と呼ばれた方がズンズン歩きだすと、弟はテッドに申し訳なさそうな顔を見せてその後を追う。台風のような騒動にテッドはしばらくあっけに取られていた。
(う~ん、失敗失敗。ちょっと持って来すぎちゃったんだぜ)
 土を払いながらテッドは一面に転がったオレンジを眺めて反省した。やる気のままに運び始めたのは良いものの、やる気と運べる量にかなりの差があったようだ。
「これ、あなたの?」
 テッドが散らばったオレンジを拾い集めていると、今度は女性に声をかけられる。その手にはオレンジが握られていた。
「ありがとうなんだぜ。うっかり転んじゃって……ここらへんに転がってるの、全部俺がこぼしたヤツなんだぜ」
 テッドがオレンジを受け取り笑顔を見せると、女は地面に落ちた別のオレンジを数個つかみ再び差しだす。
「手伝ってくれるの?」
「…………」
 テッドの問いかけに女は答えない。だが無言でオレンジを拾い集めてくれている。彼女の手助けがテッドは無性にうれしかった。
「はははっ、無口なお姉さんだぜ。でもありがとう。俺はテッド。答えたくないなら良いんだけど、せめて名前くらい教えて欲しいんだぜ」
 彼女が答えてくれることに期待してはいなかった。それでも何かの縁で知り合った仲だ。せめて名前くらいは知りたい。その願いが通じたのか、女はささやくように答えた。
「——セレナ」

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