教国の暗殺者『一部一話 あの子はまだ、わたしを友達と呼んでくれるだろうか……』マハト・オムニバス~ファンタジー世界で能力バトル!~

 きっとここが自分の居場所だ。そう自分に言い聞かせた。
 月明かりも届かない狭くて薄汚い路地裏。こんな場所は自分のような人間にこそふさわしい。
 来た道はごみや汚泥が散乱し、何かが腐敗したような異臭が立ち込めている。行く先は真っ暗闇の一本道、突き進んでもいずれ袋小路に陥る——逃げ場はない。
 これまで歩んできた道のりがこれからの行く末を暗示している。そんな風に思えた。

 この裏路地を無感情に歩いていると、そのさらに奥から騒々しくわめく声が聞こえてくる。
 どうやら先に行き止まりへとたどり着いたらしい。
 その声を追って歩調を速める。仕事の終わりが近い。
 声の主が待っていたのは、やはり袋小路。四方を壁に囲まれ、それ以上進むことはできない。
 男は息を切らして周囲の壁を恨めしそうに見つめ、どこか登れそうなところはないか、抜け道がないかと血眼になりながら探している。
 上等な衣服を身に纏い、首や腕にはきらびやかな装飾を付けた、見るからに高貴な身分の男だ。
 そうして一心不乱に逃げ道を探す男に目をやりながら、セレナはゆっくりと短剣を引き抜いた。

「ま、待てっ、欲しいものはなんだ? 宝石か、財宝か、お前の好きなものを何でもくれてやる! 金ならいくらでもある! だから、命だけは……!」
 こちらに気づいた男が懇願するように訴える。それには首を横に振って答えた。
「なら地位か、名誉か? 我が国の好きな役職をくれてやる!」
 これにも黙って首を振る。そもそも金や名誉に興味がない。
 それでもあれやこれやとまくし立てる男を無視し、セレナはゆっくりと近づいていく。

 いつものことだ。今わの際に人間がするのはたいてい、命乞いか家族の心配だった。
 この仕事を始めてから、こうして自分の命を金で買おうとする人間に出会ったのはこれで何度目だろう。
「わしはグランデ教国・ヘルメザの領主、サバクだ! この国の王だぞ! 一番偉いのだぞ! その王の願いが何故聞けぬ!?」
「ダメ。わたしの仕事は、あなたの命を奪うこと……それがわたしの存在意義だから」
 短剣を振りかざすと男は尻餅をついた。
 そして怯える瞳でこちらを見ながら、這うように後ずさる。しかしここは袋小路、すぐさま壁に突き当たってしまう。
 そもそも逃げ場など初めからなかった。この男もセレナと同様に、いつの間にか先のない袋小路へと迷い込んでしまっていたのだ。

 それ以上後退できない男は最後の抵抗とばかりにあたりに散乱したゴミを投げつける。
 当然、そんなことでこちらの手が止まる訳がない。
 命令を完遂するのが人形の役目、存在意義だ。道具として、持ち主の目的を果たすのが生きる意味だ。
 今までそうして自らの価値を証明し続け、手を汚し続けてきた。そしてそれはこれからも変わることはないだろう。
 抵抗を続ける男を意に介さず、さらに一歩近づく。そして、今日も自らの価値を証明する。
 セレナは呼吸も乱さず振りかぶり、男の心臓めがけて短剣を振り下ろした。

「……どうして、ダメなの?」
 だがどうしたことだろう。短剣は男の心臓寸前で宙に浮き、そこから一寸たりとも進まない。
 死を覚悟した男もこれには拍子抜けしたことだろう。しかし、一番動揺していたのはセレナの方だ。

 ——男を殺そうとした瞬間、懐かしい少女の姿が脳裏をよぎった。
 長く豊かな髪と太陽のような瞳、全てを包み込んでくれそうな暖かな笑顔。その姿を思い出すと、どうしても手が止まってしまう。
 暗殺者して、これは致命的だった——
 
「ふっ、腰抜けめ……どうやら人を殺すのに躊躇いがあると見える。そんな覚悟でこのわしを手にかけようとは——千年早いわ!」
 息を吹き返したように態度の変わった男は、セレナを蹴り上げて立ち上がる。
 そして勝ち誇るように下卑た笑みを浮かべた。
「ふぁっふぁっふぁっ! 待っておれ小娘、いま衛兵を呼んで捕えてやるわ。わしの命を狙った褒美として一生可愛がってやるからな。楽しみにし——ガハッ!」
 だが九死に一生を得たのも束の間。高らかに勝利宣言をのたまう男の心臓を、何者かが串刺しにした。
 男は困惑の表情で血泡を吹き絶命——そのまま膝から崩れ落ちた。

 血の気の引いた男が倒れると、その背後から隻腕の優男が姿を現す。
「大丈夫ですかセレナさん? このところ調子悪いですねぇ。しくじったのはこれで何度目ですか?」
「うるさい、カーク」
 隻腕の男——カークの差し出した手をセレナは振り払う。
 片腕しかないとはいえ、カークが差し出したのは男の血がべったり付いた汚れた手だ。それがこちらに対しての皮肉であることをセレナは理解していた。
「もう、助けてあげたんだから少しはお礼を言ってくれてもいいじゃないですか。まあ良いです、あっちにゲートを開いてありますからさっさと帰りましょう。愛すべき我が国へ、ね」
 わざとらしく肩をすくめたカークはセレナをその場に残して袋小路を出る。
 その姿を目で追いながら、セレナは力なく立ち上がった。

(また、失敗してしまった……)
 カークの言うように、セレナが暗殺に失敗したのはこれで三度目。三度も命令を完遂できず、無様な姿をさらしている。人形として、これでは存在意義を果たせない。
 しかし、それと同時に命令を拒絶する感情がセレナの中で芽生えていた。特に人を手にかけようとするその時、その感情が命令を拒絶する。
 命令と感情、今この二つの言葉がセレナの中で渦巻いていた。

 セレナは星一つない夜空を見上げ、自らに問いかけるようにつぶやく。
「あの子はまだ、わたしを友達と呼んでくれるだろうか……」

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