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【#シロクマ文芸部】もう少し先まで

透明な手紙の香り。姫が透明な手紙の香りが欲しいと言い出した。

最初は相手にしなかった王様とお后様だったが、香りを欲してさめざめと泣く姫を見ていると胸が痛くなった。

「透明な手紙の香りを我の元に届けた者を姫の夫とする」

王様の発した鶴の一声に若者が色めき立った。
姫様は国内外に知れ渡るほどの美貌の持ち主だったからだ。

「これです!これが透明な手紙の香りです」

大貴族の息子がうやうやしく両手を王の前に差し出した。

「姫、透明な手紙の香りだそうだ」

王は姫の夫に相応しい身分の若者が現れホッとしたが、大貴族の息子の手に顔を近づけた途端、姫は真っ青な顔をして倒れた。

「そなた!なにを姫に差し出したのじゃ!」

大貴族の息子は透明な手紙を見つけられず、手に沢山の香水を振りかけて姫の前に現れたのだった。あまりに大量の香水を浴び、姫は気持ち悪くなったのだ。嘘がバレた大貴族の息子はコソコソと帰って行った。

次に現れたのは大商人の息子。姫が一生お金に困らない相手だ。大商人の息子はうやうやしく美しい巾着を取り出し、姫に差し出した。

顔を近づけた姫はあまりの金属臭さに「うっ」声を上げて倒れた。巾着の中身は沢山の金貨だった。手紙を見つけられなかった大商人の息子は金で姫にプロポーズしようとしたのだが、姑息な性根がバレてコソコソと帰って行った。

次に現れたのは貧しい身なりの男だった。手に持っていた薔薇の花を、おずおずと姫に差し出した。

「持って来いと言ったのは薔薇ではなく透明な手紙の香りだ!」

怒った王は薔薇の花をはねのけた。

手を差し出しかけていた姫があっと小さく叫んだ。

薔薇のトゲが姫のやわらかな指にあたったのだ。

指を抑えかがみこむ姫にさっと男が近寄った。

男を姫から離そうと王様が飛びかかろうとした瞬間、あたりを強い光が包み込んだ。

光が消え皆の目が見えるようになると姫の横には立派な姿の男が立っていた。

男は10年前に行方不明になっていた隣国の王子だった。

「実は毎夜、透明な手紙の香りを望みなさいと夢で誰かにささやかれていたのです」
と姫が言った。

いたずら盛りの隣国の王子は魔法使いをからかったため、呪いをかけられ貧しい生活を強いられていたのだ。

すっかり反省した王子を見て魔法使いも許す気になったのだが、王子の呪いを解くには清らかな乙女の血が必要だった。困った魔法使いは姫の夢に魔法をかけ、王子が近づけるようにしたのだった。

「本当にありがとうございました」

とにこやかに笑う王子を姫はうっとりと眺めながら質問をした。

「透明な手紙の香りとなんなのですか?」
「あなたに会うための口実です」

優雅にお辞儀をしながら王子は姫の手の甲に口づけをした。

数か月後、姫と王子の盛大な結婚式が行われた。

国中にふるまわれた蜂蜜酒は、口ひげからしたたり落ちてもまだなくならなかった。三日三晩の宴の後、姫と王子は幸せに暮らしました。

「おしまい」

パタンと本を閉じる。
さっきまで目をキラキラさせ話を聞いていた娘はスヤスヤと寝ている。

娘の夢の中に透明な手紙はもう少し先まで現れませんように、と願いつつ柔らかな髪をそっとなでた。

小牧幸助さん、今回も素敵なお題をありがとうございました。

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