【#創作大賞2024】骨皮筋衛門「第十章:蚊なしき野望③」(2226字)
第十章「蚊なしき野望③」
「官僚を蚊んりょうにしてくださぁぁぁい!」
と取調室で吠える被疑者。
「ずっとあの状態か?」
と俺が尋ねると、筋衛門はうなずき被疑者に近づく。
「蚊ぁぁぁ!」
と飛びかかる被疑者。
ヒラリ・クルリ・プルン・ボスン
そして失神。これでは取り調べが進まない。筋衛門と俺はため息をついていたがふと、被疑者のつけているイヤーカフに気づく。筋衛門が素早く外しイヤーカフを観察しているとなにか音が聞こえる。筋衛門が一瞬、くらりとしたように見えた。
「どうした?」
「い……いや」
筋衛門は不思議そうにイヤーカフを遠目で観察していたが、その間に被疑者が目を覚ました。
「蚊山ゆうぞう、蚊取しんご、デーモン蚊っ蚊」
と筋衛門が急に呪文のような言葉を口にする。すると被疑者は、
「蚊ぁぁぁ!」
と叫び、再び襲いかかろうとした。
ヒラリ・クルリ・プルン・ボスン
軽めの秘技でまた失神。
「筋衛門、さっきの呪文みたいなのってイヤーカフから流れてくる?」
と訊ねると頷くので俺も聞いてみようとイヤーカフを耳に近づけたのだが。あ……れ?め……まい……?
「デイブ!」
なんだ?全身全霊で「蚊っ!」と叫びたい!いや俺の意思と関係なく口がうご……
「オワップッ!」
筋衛門が素早く俺を殴り、イヤーカフが手から落ちると我に返った。
「いっ……すまん。俺、どうしたんだ?」
「デイブ、これが蚊ーニバルの秘密だ」
筋衛門にそう言われハッとする。すぐに他の「蚊」と騒ぐ人達を取り調べ始めた。
「やはり」
彼らは全てイヤーカフをつけていた。なぜ自分がここにと驚いている人々は騒いだ拍子にイヤーカフが取れた人々ばかりだ。
正気に戻った人々は「蚊」など言ってない、なにもしていないと主張している。調べてみると「蚊」事件に関わる者はみな同じイヤーカフをつけていることがわかった。見た目がおしゃれだったため、単なる流行りと見落とされていたイヤーカフは、蚊ーニバルの事件の重要なアイテムだったのだ。
「蚊」と騒ぐ人達からもイヤーカフを外すと、みなガラリと性格が変わり善良な町民へと戻ったのですぐに全員釈放された。
集められたイヤーカフは骨伝導で音を伝える仕組みで微かに流れる音を聞いた途端、意識が遠のき「蚊」に支配される。俺も耳に近づけたことで一瞬「蚊」に支配されそうになっていたが、筋衛門の好判断で事なきを得ていた。
「善良な町民になんてことを……」
イヤーカフは安全なSNS環境を教えるサークルが説明会で配ったもので、参加者に記念品として贈られたもだった。男女選ばずつけやすいデザインのため、すすめらるままにその場でつける人が殆どだそうだ。
つけなかった人は、イヤーカフ使用者の目がトロンとして黙ってしまったので薄気味悪くなり慌てて逃げ帰ったそうだ。後の聞き込みで、そういった事実がだんだんとわかってきた。
サークルの説明会にいたはずなのになぜ警察に、というのが捕えられた
人々の共通の意見だった。
「でもサークルに入っていない町民はどうやってイヤーカフを?」
と俺が疑問を口にすると、
「イヤーカフで操られた人が見ず知らずの人を襲い、装着させるらしい」
筋衛門から静かな怒りが流れてくる。その時だ。
「俺、情報を持っていますよ」
と聞こえたので声の方を見ると男が、1人立っていた。
「ボン・ラジじゃないか!」
俺は走り寄りボン・ラジとハグを交わす。
「久しぶりだな、ボン・ラジ」とほほ笑む筋衛門。
とある難事件を通してボン・ラジとは知り合った。ボン・ラジはウミノコ出版の編集長なのだが、悪を許さない熱い男だった。
これまでも彼からの有益な情報で事件を解決していた。童話集は順調かい?などの挨拶が一通り終わり、ボン・ラジが説明をし始める。
「蚊山ゆうぞう・蚊取しんご・デーモン蚊っ蚊が例のSNSサークルを町内で開き……」
ボン・ラジの説明を聞くうちに、俺は過去の出来事を思い出し狼狽えた。
「どうしたんです?」
「実は俺、高校の時に蚊山ゆうぞうに襲われているんだ」
その答えには情報通のボン・ラジも驚いたようだ。
「俺が襲われたときは筋衛門が助けてくれたのだが。あれ?でもその時はイヤーカフではなく棒のようなもので「蚊」成分を注入するやり口だったはず」
俺が不思議がると、ボン・ラジが説明してくれた。
「今はイヤーカフに似せた骨伝導イヤフォンで操る方法に切り替えたらしいです」
蚊山ゆうぞう・蚊取しんご・デーモン蚊っ蚊が全員美形のためか彼らにすすめられると、ほとんどの人は思わずイヤーカフをつけてしまう。イヤーカフをつけ蚊ーニバルの手下と化した人々は託されたイヤーカフを手に町に繰り出し……。ボン・ラジのおかげで事件の全体がようやく見えてきた。
「ひとつ気になるんだが。カサブランカの残りの客はイヤーカフをしていなかったぜ?」
と俺が言うと
「イヤーカフの音量で支配されたんですよ」
とボン・ラジが教えてくれた。
イヤーカフのボリュームを上げると、「蚊山ゆうぞうぉ、蚊取しんごぉ、デーモン蚊っ蚊ぁ」が近くにいる人間にも聞こえる。そうなると一時的に蚊ーニバルに支配され操られるのだそうだ。
「でも、江藤さんや越前さん、砂沼さん、幸田さんは、かからなかったじゃないか」
「江藤さんと越前さん、砂沼さんは話に夢中であったこと、幸田さんは少し離れたカウンターにいたため音が聞き取れなかったようなんです」
「たまたま幸運だったということか」
「そうです。たまたまです」
ボン・ラジの説明が済むと骨皮筋衛門は静かに地下へと潜っていった。
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