見津

04.明智光秀公の一番古い出自の文献

『淡海温故録』は、貞享年間(1684-88)に 江州白頭翁により書かれ、彦根井伊公へ献上された文献です。1582年が本能寺の変なので約100年後という事になりますが、明智光秀の代表的な伝記 高柳光寿『明智光秀』(1958)が 出自について採用した『綿考輯録(細川家記)』は、更に90年以上後の安永7年(1778)編さんされた文献なのだそうです。

『淡海温故録』の内容の特徴としては、郡別村別の記載形

もっとみる

03.光秀と十兵衛は、どんな関係?

2019年10月、滋賀県と多賀町の教育委員会文化財課の方々が「十兵衛屋敷跡」を見に来て下さり、私はというと、そこからバタバタと講座に引っ張り出され、地域(多賀町佐目)の皆さんは手弁当で「とりあえず、看板はいるわなぁ」と、張りきり出し、看板が出来たのが3月。Googleさんから許可も頂いて、つい先日マップに掲載して頂いたところです。

看板の後ろ、下あたりの緑の網は、鹿と猿よけ。山間部なので獣害がひ

もっとみる