知英

紅兎〜決別編〜幸福

「良いところね…」

菜穂は、そこに辿り着くと、辺り一帯を静かに見回しながら言った。

「トモ姉ちゃんは、こーんな所に暮らしてたんだ。」

黄泉裏山脈平坂山の峠を越えて、岩屋谷に入ると、そこには別世界であった。

物静かな森林に囲まれたそこには、一面、数多の田畑が広がっていた。

収穫は既に終えていて、ここ数日の雪で埋もれた畑は、どれがいかなる作物を実らすかわからなくなっていた。

ただ、白銀に染

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紅兎〜追想編〜爺じ

やっぱり、話すんではなかった…

私は、厨房を手伝いながら、ずっと後悔ばかりしていた。

「おーい、爺じ、そっちの皿と大鉢とってくれー」

「おーい、爺じ、天ぷら粉と油が足りねー」

私は、社の宮司に就いて以来、うちの兎共から、敬意と尊敬と言うものを受けた記憶が全くない…

良く言えば、此処に来て程なく親しげに接してくれ…

何かと甘えてくる可愛い奴だが…

「おーい、爺じ、そっちの食器をあらっと

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たこ焼き屋の猫

いつの日の事だったでしょう。通勤の帰り道。
よく通りがかる、たこ焼き屋の前に、一匹の猫ちゃんが、お行儀よく座っていました。
あんあまり、大人しくお利巧に座っているので、最初は置物かなと思ってしまったのですが・・・
クンクンクン・・・
おいしそうだニャ~~~~
たこ焼き屋の窓口から漂ういいにおいに、鼻をヒクヒクさせているのを見て、それは生きている猫ちゃんなのだと知りました。
それにしても・・・
どう

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紅兎〜追想編〜恋慕

「なーーーるほど!!!!それで、宮司様が爺じと言う訳ですかい!!!」

これまでの経緯を事細かに話し終え、政樹がポーンと一つ手を打った途端、厨房は大爆笑の渦に包まれた。

私は、やっぱり話さない方が良かったかなと、思わず下に目を伏せる。

「爺じ?」

漸く機嫌をなおして、いつものようにニコニコ笑ってる希美が、小首を傾げて不思議そうに、俯く私と笑いこける皆の顔を、交互に見比べた。

そして…

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紅兎〜追想編〜恋慕

「なーーーるほど!!!!それで、宮司様が爺じと言う訳ですかい!!!」

これまでの経緯を事細かに話し終え、政樹がポーンと一つ手を打った途端、厨房は大爆笑の渦に包まれた。

私は、やっぱり話さない方が良かったかなと、思わず下に目を伏せる。

「爺じ?」

漸く機嫌をなおして、いつものようにニコニコ笑ってる希美が、小首を傾げて不思議そうに、俯く私と笑いこける皆の顔を、交互に見比べた。

そして…

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紅兎〜追想編〜菓子

「わあ!すっげーーーー!!!」

政樹は、目の前にズラリ並べられたお菓子の数々に、思わず感嘆の声をあげた。

「えっへん!どだ、凄いじゃろー!」

茜は、朱理の癖と物言いを真似て、鼻の下を擦りながら言うと、自らの自信作に満足げに何度も頷いてみせた。

金団にねりきり、おはぎに大福…

色取り取り、よくもこんなにと思われる程こしらえられたお菓子が、調理テーブルいっぱいに、所狭しと並べられている。

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紅兎〜追想編〜菓子

「わあ!すっげーーーー!!!」

政樹は、目の前にズラリ並べられたお菓子の数々に、思わず感嘆の声をあげた。

「えっへん!どだ、凄いじゃろー!」

茜は、朱理の癖と物言いを真似て、鼻の下を擦りながら言うと、自らの自信作に満足げに何度も頷いてみせた。

金団にねりきり、おはぎに大福…

色取り取り、よくもこんなにと思われる程こしらえられたお菓子が、調理テーブルいっぱいに、所狭しと並べられている。

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紅兎〜追想編〜母性

大鏡の前で、人形のように立ち尽くす愛に、朱理は丁寧に着付けをしていた。

何年ぶりだろう…

朱理は感慨に耽る。

かつて、毎日のように、着せ替え人形のように、新しい着物を縫っては、愛に着せて遊んでいた頃が懐かしい。

『お願い!やめて!愛ちゃんに、やめて!』

一瞬…

朱理の脳裏に、あの夜の光景が蘇る。

赤剥きの儀式…

それは、例大祭の後の大共食祭にて執り行われる。

その日は、共食祭にあ

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紅兎〜追想編〜母性

大鏡の前で、人形のように立ち尽くす愛に、朱理は丁寧に着付けをしていた。

何年ぶりだろう…

朱理は感慨に耽る。

かつて、毎日のように、着せ替え人形のように、新しい着物を縫っては、愛に着せて遊んでいた頃が懐かしい。

『お願い!やめて!愛ちゃんに、やめて!』

一瞬…

朱理の脳裏に、あの夜の光景が蘇る。

赤剥きの儀式…

それは、例大祭の後の大共食祭にて執り行われる。

その日は、共食祭にあ

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紅兎〜惜別編〜名前

成る程、菜穂が苦戦するわけだ…

和幸の作った箱車を組み立て直しながら思った。

明日は、出発。拾村に訪れる日が、再びあるかどうかわからない。

仮にあったとしても、今、ここで暮らしてる人々は、もう殆どいないだろう。

しかし、送別の一席を設けてくれた彼らに、惜別の涙はない。また、日をおかずして会えるような、そんな明るさがあった。

複雑に組み立てられた板をはずしたは良いが、背負子に組み直すのは、

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