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その9:食べ残しとグラム表示の問題

2000年代後半の爆発的な「ラーメン二郎」ブーム(インスパイア店の氾濫など)以降、ラーメン二郎・二郎系(元二郎や二郎出身者だが二郎を屋号に掲げない店など)・二郎インスパイア(二郎や二郎系とは関係を持たないが、似た商品を提供する店)は今も増え続けています。

と同時に、たびたび話題になるのが食べ残し問題。近年で最もバズったのは「ラーメン二郎 亀戸店」店主によるこのツイートでしょう。

「大盛」や「ヤサイマシマシ」をオーダーしておいて食べ残しするという例が絶えず、やむなく「マシマシ廃止」「大盛の麺量見直し」を敢行したという内容です。特に2枚目の画像に記載された内容を読むと、店主の度重なる苦悩がうかがえます。

この2枚目の画像のように悪質な事例のせいで、悪意はないのに食べきれなかったらどうしよう?と怖くなり、ラーメン二郎の醍醐味である「安くて腹いっぱいに」を体感したくてもできない、という方も多いのではないでしょうか。それはそれで店側・食べ手側の双方にとって不幸です。

この問題を根幹から解決するには至りませんが、以前から私が感じていた1つの疑問とリンクしたのは、そもそも食べ手側は麺量をグラム数で提示されて本当に把握できているのか?という点です。この記事ではその点のみにフォーカスして綴ってみます。

なぜラーメンだけ実体把握が難しいのか

一般的なラーメンは麺150グラム前後

ラーメン二郎の事例から導入しましたが、麺量が多いラーメンは他にも沢山ありますし、つけ麺やまぜそば・油そばも一般的なラーメンより麺量が多いというのが多数派です。一般的なラーメン(全国的に見て多数派という意味)で140~150グラム、まずはこれを基準とします。

これが二郎となると通常で300グラム、大盛を表す「大ラーメン」だと400~500グラムだと言われています。インスパイア店でカジュアルな設定だと並で200グラムという店も少なからず存在しますが、それでも一般的なラーメンよりは多いです。

そこにトッピングが乗るので麺量を把握しただけでは不十分ですが、それはご飯とおかず(定食スタイル)でも同じことが言えるので、少々乱暴ではありますがトッピングを無視して話を進めます。

ご飯と比べてみた

前の段落でご飯と述べましたが、ご飯(白米)の茶碗1杯の量は150~160グラムが標準的のようです。標準的といえば個人店より多店舗チェーン店の得意領域、そこで定食をメインにしているチェーン店のご飯の量を調べてみました。

・やよい軒:並盛150グラム(小盛100グラム、中盛200グラム)

・大戸屋:普通180グラム(少なめ100グラム、大盛270グラム)

https://www.ootoya.com/uploads/202110foodcourt.pdf

他にも色々と調べましたが、意外とオフィシャルサイトに質量が記載されておらず、代わりにカロリー数はキッチリ記載されていることが分かりました。同時に、私がいかに普通の方に役立たない、しょうもないことを調べているのかも実感しました。

ココイチは安心のグラム表示

では質量で注文する飲食店ってどこだろう?と考えたら、「ココイチ」の愛称でおなじみの「カレーハウスCoco壱番屋」のことを思い出しました。定食と違ってカレーだからでしょうか、ココイチの基本サイズのライス量は300グラムです。

ちなみに、ココイチの運営会社・株式会社壱番屋が展開するあんかけスパ業態「パスタデココ」も気になってウェブサイトを見たら、同じくグラム表示でした。尚、普通で約300グラムです。

この企業はよほどグラム表示に対して強い執着心があるのか!?と思っていたら、他のあんかけスパ店もしっかり麺量をグラム表示していました。

・チャオ:レギュラー330グラム

・そ~れ:ノーマル300グラム

ラーメンに比べてやけに多いな…と思いましたが、パスタデココのウェブサイトに記載された「約」の1文字が気になって考えてみましたが、これは茹でた後の量でしょう。パスタは茹でると約2.3~2.5倍の重さになるらしいので、仮に2.3倍だとすると300グラムの麺は茹でる前に約130グラムということになります。

ココイチではオペレーションの際、炊いたご飯をお皿に盛って計量しています。もちろんお皿の質量を差し引いて計量しているので、規定の量ピッタリを盛り付けていると考えられます。

麺の重さを計量する機会がない

それに比べてラーメンは、麺の加水率によって吸水可能なバッファも異なりますし、何より茹でた後の麺を計量する機会がありません。ほとんどのラーメン店では、器にスープを注いでから、その中に茹でた麺を入れます。

器の質量はよほど経年劣化で摩耗していない限り不変なので差し引くのは容易ですが、スープ量は手作業で器に注ぐので必ず誤差が生じます。そのため、オペレーションの中で茹でた麺の質量を正確に計量するには、その前に器に注いだスープ質量を正確に計量するという前提がないと成立しません。

記事の本題から少し逸れますが、スープを注ぐ前に茹でた麺を器に盛りつける店が、鹿児島市のラーメン激戦区・天文館で長年愛される「こむらさき」です。同店では麺どころかトッピングや薬味も盛り付けたら器をお客さんの目の前に移して、その場でスープを注ぎます。だからといって茹でた後の麺を計量しているわけではありませんが、その光景は一見の価値ありです。

だったら定量化してみたい

茹でたらどれくらい重くなるのか

茹でた後に計量する機会がないからこそ、茹でる前の質量をグラム表示する、ラーメン業界では当たり前のことですが理由はそこにあると考えて間違いないでしょう。では一体、茹でた後にどれくらい重くなるのでしょうか?

パスタだって茹でた後に計量していないのに、茹でた後の質量をメニュー表に明記していますが、これは使用するパスタの種類が1種類しかないことに由来すると考えられます。それに比べラーメンは、太さや加水率がまちまちであるため、それら全種類を適切に茹でても、質量増加率が一定ではない可能性が非常に高いため、茹で前表示をせざるを得ないのでしょう。

だったら、この世にある全ての中華麺について、茹で後の質量増加率を定量化したい!と思いつきましたが、考えるまでもなく不可能です。ただ、何種類かの麺について調査をすれば傾向は見えてくると考え、岐阜県関市にある人気ラーメン店「麺屋 白神」の石神店主に下記の依頼をしました。

実際に茹で前/茹で後の重さを比較

【依頼した内容】
・レギュラーメニューの麺を茹でて、茹でる前と茹でた後の重さを比べたい
・何種類かの麺で同じように比較をしたい

【使用した麺】
 凡例→使用店舗・名称:切刃の番手/加水率/小麦の種類(分類)の順
1.本店・ラーメン(えびそば)用:18番/34.5%/PB粉(準強力粉)
2.本店・つけ麺用:10番/38%/PB粉(準強力粉)
3.爆王・まぜそば用:10番/38%/本品専用粉(準強力粉)
4.二代目・博多ラーメン用(半乾麺):30番/26%/PB粉(準強力粉)
5.限定・手打ち麺:14~16番相当(手切り)/57%/もち姫(中力粉)
※PB粉…白神グループ専用小麦粉「北の麦味」
※半乾麺…製麺後の生麺を一定の室温で風力乾燥したもの

【共通条件】
・茹で前を100グラムに揃えて、茹で後の重さを量る
・計量用の器は、同じ種類でも個体差が考えられるため1つに絞る
・打ち粉や水滴の付着を防ぐため、麺を入れ替える度に器内部を拭き取る
・通常営業と同じ時間だけ茹でる
・通常営業と同じ条件にするため、茹でた後すぐに計量する(蒸発を防ぐ)
・博多ラーメンのかたさは「普通」に準拠
・つけ麺は茹でた後、冷水でしめる

上記条件のもと、茹でた後の麺の重さを量った結果を以下に記します。
1.ラーメン(えびそば)用:174グラム(1.74倍)
2.つけ麺用:181グラム
(1.81倍)
3.まぜそば用:170グラム
(1.7倍)
4.博多ラーメン用:184グラム
(1.84倍)
5.手打ち麺:127グラム
(1.27倍)

この記事では、どんな麺がどのくらい質量が増えるのかを割り出したいわけではなく、条件を整えても麺によって質量増加率がこれだけバラつくことを示したかったのです。参考までに、計量前後の各麺の写真を図1~5に示します。

図1 ラーメン用 計量前後の比較写真
図2 つけ麺用 計量前後の比較写真
図3 まぜそば用 計量前後の比較写真
図4 博多ラーメン用 計量前後の比較写真
図5 手打ち麺(もち姫) 計量前後の比較写真

同店のラーメンは茹で前150グラムですので、単純計算だと実際の商品では261グラムということです。150グラムをココイチのイメージで認識すると「標準サイズの半分」と考えてしまいそうですが、実際のラーメンはココイチ標準サイズより「ちょい少ない」くらい麺があります。

まぜそばに至っては並で200グラム、無料サービスの大盛では300グラムなので、並でも340グラム、大盛だと510グラムも麺があるんです。当然、その上にトッピングが乗るので、そりゃあ印象値以上の食べ応えがあるはずです。世の中には様々な中華麺が存在しますが、概ね茹で前から1.7~1.8倍程度には増えるということを覚えておいていただけると幸いです。

目安だけでも書いてあると、互いに嬉しい

ただ、全てのお客さんが茹で前からの1.7~1.8倍に質量増加するという認識を持つわけはありません。この記事の拡散力など微々たるものですし、何よりこの記事を読んで共感してくれる人の方が圧倒的少数派です。

そうなると、お店側がだいたいの質量(麺・トッピング・薬味など)をメニュー名の横にでも書いておいてくれると、食べる側は助かります。何せ、器とスープの質量を除いた状態を唯一計量できるのは、他ならぬお店側しかいないんですから。

もちろん厳密な質量は謳えないでしょうから、「おおよそ何グラム」という表示で問題ないと思います。食べる側も、食べ残しするのは後ろめたいけど、せっかく「今日は腹いっぱい食べよう!」という時に食べ足りないのも何だか寂しいものです。

需要と供給、その適正化に向けた歩み寄りのためにも、お店側で出来上がり商品の目安をメニューや券売機に併記していただけると、少なくとも悪意のない食べ残しは減るのではないかと考えます。

あとがき

実験のために茹でた麺は、「麺屋 白神」のカエシを使わせてもらい、簡易な「和え玉」として美味しく頂きました。カエシをかけるだけで美味しい麺っていうのがありがたいですね。(2022.3.2追記)

図5 実験後の麺にカエシをチョロッとかけて食べました

(※タイトルや本文と写真のラーメン店とは一切関係ありません)

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