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【It is IT, is it?】Case:0001 IT技術者が配属後 最初にすることは?

まえがき

私は、非IT系の人に(場合によっては同業者に対しても)どんな仕事をしているか説明する際、苦労することが多いと感じている。

具体的な(秘匿すべき)業務内容をぼかしつつ、簡潔に説明しようとすれば曖昧になる。

一方で、相手のレベルに合わせて詳しく理解できるように説明するには、そこに至るまでの前提知識を含めて果てしなく長い話をすることになる。

しかも、いずれの場合であっても聞いてきた相手が途中から興味を無くしていたりすることがしばしばある。



IT業界と一言で言っても、計算機と通信機ではその出自は全く異なるし、同じ設計業務でも半導体とWeb UIは全く異なる業種だ。

これらを一緒くたにITと言っても、私には正直ピンとこない。

これら全てを一社で提供してしまうような企業もあるが、そういう意味では総合IT企業を名乗るに相応しい企業はほんの一握りだ。

その他の何らかを専業とするIT企業が、「ウチはITをやっています」と言って彼らと同じ土俵に立とうとしていることが、状況をより難解なものにしているのではないだろうか(当然のことながら、何を専業とするかによって、それぞれの業種を表す適切な言葉が存在する)。



筆者はこれまで十数年のキャリアにおいて、アプリ/ミドルウェア、SaaS/PaaS/IaaS領域のプログラミングやSI(システム・インテグレーション)、ネットワーク/インフラエンジニア、人材開発といった様々な職種を経験してきたが、ハードウェアの開発経験は無いし、Web系にも詳しくない。

いわゆるシステムエンジニアとしては中道的な部類であろう(余談だが「システム」はIT業界において最も汎用性の高い単語の一つであるが、多くの場合でもっと慎重に使用されるべき言葉だと考えている)。

これは言い換えると、ビル建築に携わる現場の鳶職は、一般的には重機の設計や内装デザインの経験を持ってはいないだろう、ということと同等と捉えている。

業務遂行上、これら関連する職種の知識を持っていることが有用であると言えたとしても、実際にそれらの知識・経験を得ることは容易ではない。

業務外で出来ることは限られており、多くの場合、意識したキャリア形成が必要となる。



さて、前置きが長くなってしまったが、私はIT関係者(私自身を含む)ですら全容を正しく理解している人は少ないであろうと思われる『IT』という正体不明の事象について、できる限り広く、平易に説明したいと考えている。

また、『医療系をはじめとして、職業モノの作り話(創作、フィクション)ってよくあるけど、IT系のものは誤解やオーバーな表現があったりして微妙だよね』という課題認識もあるので、自身の経験を元に実態に即して(できるだけ盛らずに)、かつコンプライアンス上よろしくない部分は避けるよう工夫して取り組みたい。

表紙(開発中)


ITがよくわからない全ての人に向けて、

それでは、話を始めよう───

Part.A: 入社7年目、2度目の部署異動


「御崎 明香里です。よろしくお願いします」


季節は春。ここ日本では多くの企業が新年度を迎える(※1)。

私は御崎 明香里(32)。都内の中堅IT企業(※2)であるカネミツ システムデザイン&プロダクツ(KS&P)社(※3)に中途入社して7年目となる。今年度、2度目の部署異動でソリューション事業本部(※4) 技術統括部(※5)に配属された。

前職ではソフトウェア開発を4年、この会社ではシステム運用部門を3年、育休を1年経たあと、人材開発部門を2年経験している、一児の母である。


「では、御崎さんはこちらの席でお願いします」


何ら内容の無い形だけの挨拶を済ませると、上司である中田課長(43)から着席を促される。

自席には、24インチのディスプレイが2台と、15.6インチのノートPC、そして数々の周辺機器が置いてある。

私はバッグから10.5インチの2in1タブレットPCを取り出して、デスクに設置されたドッキングステーション(※6)に接続した。

このタブレットPCは全社員共通の社給品で、主にイントラネット(※7)への接続に使用する。標準でVPNクライアント(※8)がインストールされているため、社外からメール閲覧や事務処理なども可能だ。

この会社では申請すればBYOD(※9)も可能だが、私には社給品のスペックで十分なので、特に申請はしていない。

さて、問題はこのノートPCだ。タブレットPCと見比べるとだいぶ大きく感じるこのPCは、開発用に部署単位で調達されたものだろう。

見たところ新品のようであり、従ってそのままでは使えない。

そう、私はヘタをすると今後数日間は、この開発用PCのセットアップ(※10)に専念することになるのだ…。

Part.B: セットアップ要件を確認せよ


「中田課長、念のため確認しますが、この開発用PCはセットアップ要りますよね?」


これは毎度のことなので、無駄だと理解しながらも一応確認しておく。

「そうだね、必要な構成は黒川君が詳しいから、聞いてみるといいよ」


やや期待外れの回答。
(チッ…今回は構築手順書は無しか。)

とはいえ、初手から全て自力で調べなくても済みそうなので、実際の所このパターンはだいぶマシではある。

開発用PCに電源ケーブルを接続し、電源スイッチを押す。OSの起動を待つ間、さっそく黒川氏(27)に声をかける(※11)。彼は社内でも指折りのプログラマーとして有名で、OSSのコミッター(※12)としても活動している。


「黒川さん、どうも、御崎です。よろしくお願いします。さっそくですが、開発用PCのセットアップ情報はありますか?」


「あぁはい、よろしくお願いしますー。僕のPCに入ってるアプリケーションのバージョン一覧とツールのインストーラはこんな感じなんスけど、まとめて共有フォルダにぶっ込んであるので、後でパス送っときますねー」


やや巻き舌で粗野な印象だが、彼なりのフレンドリーさへの配慮かもしれない。あと、仕事はかなりできると見た。


「ありがとうございます。助かりますー」


親近感を演出するため、少し寄せた口調で礼を述べ、自席へ戻る。共有フォルダのパスはすでにチャットで送信されていたが、驚くことはない。

これだけ情報があれば、とりあえずなんとかはなりそうだ。

(IDE(統合開発環境)、コンパイラ、追加ライブラリ、コード管理ツール、解析系ツール、各通信クライアントは必須。まぁ、あとは必要になったら入れればいいか…)


セットアップが一通り完了したのは、翌日夕方のことであった───

 
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脚注

  1. 役所や学校を始め、世の中のほとんどの組織が年度始めを4月に設定しているが、そのために年度計画や新人受け入れなどといった時節固有の業務が集中することになる。受注が一瞬止まるようなセールスや開発系の部署はともかく、保守部門などにとってはたまったものではない。

  2. 中堅というのは見栄で、実態は従業員500名を超える独立系の大企業だが、大規模SI案件の一次請けは取れそうもないポジション。主力のパッケージ製品は近年売上が顕著に低下(より悪い言い方をするならガタ落ち)しており、事業戦略の見直しが急務であるが、この場合、n次受けのSIには深入りせず、自社製品/サービスを如何にして維持/展開するかがカギとなる。

  3. 創業者は現 代表取締役社長の金田 満雄(59)。名前は怪しいが、このIT戦国時代に一代で大企業を築き上げた紛れもない剛腕の持ち主であり、自分の名前を社名に入れてしまうタイプのギラギラしたおじさん。なお、姓名占いの結果は良好。

  4. ソリューションという言葉も汎用性が高く、注意が必要である。筆者はソリューションと名のつく部署をいくつか経験したが、多くの従業員が意味を正しく理解していた部署もあれば、誰もよくわかっていないという部署もあった。後者の場合、トップには創設時の思想をちゃんと説明する責任があると思っているが、逆に情報を与えない戦略かもしれないところが怖い。

  5. 筆者の主観では、技術統括系の部署は製品・サービスを直接提供するというより、それを行う部門への支援を重視している印象がある。性質上、新人を配置するような所ではないはずだが…?

  6. ポートリプリケーターなどとも呼ばれる。マウスやディスプレーを使用しづらいタブレットPCや、可搬性に特化したUMPC(ウルトラモバイルPC)など、コンパクト故にUSBポート等の機器接続部が少ない機器では、メーカーオプションとして提供されることも多い。

  7. いわゆる社内ネットワーク。一昔前は一般的にインターネットから分離することでセキュリティを担保しているものであったが、近年は多くの場合で業務システムにSaaSを採用することがベストプラクティスであるため、ネットワークの境界は曖昧になりつつある。

  8. Virtual Private Network(仮想私設網)。インターネット上の一部経路を暗号化することで、セキュアな拠点間通信を実現する。専用線を契約するよりも低コストだが、相応に品質も出にくい。

  9. Bring Your Own Device(私用端末持ち込み)。セキュリティと資産管理を正しく行っていれば、何を使っても問題無いでしょ?という思想のもと、生産性向上と機器調達コスト削減の両立を図るための施策。ただし、従業員のITリテラシが低いと立ちどころに破綻する。

  10.  とにかくPCを使えるようにすること。主に所定のソフトウェアをインストールする行為だが、場合によっては、使いやすくなるようカスタマイズすることも含む。ただし、やりすぎると思わぬところで開発物の不整合を引き起こしたりするので注意が必要だ。

  11.  優秀な技術者だが、まともな時間には出勤してこないタイプの人物。午前中の早い時間に会えたのは、たまたま普通の時間に来ていたからか、徹夜明けでこれから帰るからなのか。なお、尖ったところも含めて社長には気に入られている。

  12. Open Source Softwareは、定められたライセンス条件に従うことにより、無償で利用できるソフトウェア。世界中の技術者が様々なOSSプロジェクトにボランティアとして携わっており、特にプログラムを開発する役割はコミッターと呼ばれ、(その多くが海外の技術者と英語でコミュニケーションを取れることもあって)大変リスペクトされる。


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