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三つの恩恵と”ありがとう”【小説】夏美のホタル
【読んだ本】
夏美のホタル
森沢明夫
【はじめに】
自分の名前に込められた意味や思いを、皆さんはご存知ですか?
名前はあなたが知る限りで一番若かった両親が、あなたのことだけを思って、考えて、たくしたものです。
そして名前は、もしも両親があなたのことが分からなくなっても、先に逝ってしまっても、あなたが死ぬまで、最後の最後まで思いを伝え続けてくれるものです。
そこにはきっと深い深い愛情や思いがたくされていることと思います。
本書はそんな深くて厚い”親子愛”がテーマになっています。
両親とうまくいっていない方、可愛いお子様をお持ちのお父様お母様、孫が可愛くて仕方のないおばあ様おじい様、皆さんにお読みいただきたい一冊です。
【簡単なあらすじ】
芸術大学に写真学科に通う”写真家の卵”の慎吾と、その彼女で幼稚園教諭の夏美は、慎吾の卒業制作のロケハンで訪れた千葉県、房総の山奥でトイレを借りるため、古びた雑貨屋「たけ屋」を訪れます。
そこで出会ったのは、八十四歳のヤスばあちゃんと、その息子で体が不自由な六十二歳の恵三(皆に地蔵さんと呼ばれている)と知り合います。
「来月になったらよぅ、すぐそこの川に、蛍がいっぱい飛ぶんだよぅ。これがまたきれいなんだなぁ」
地蔵さんのこのセリフをきっかけに、慎吾と夏美はこの年の夏を「たけ屋」の離れで生活し、慎吾の卒業制作に取り組むことになります。
都会を離れた村での生活と、「たけ屋」を取り巻く人々の中で慎吾と夏美はたくさんの思い出をつくっていきます。
【感想】
田舎に帰って両親に「ありがとう」と伝えたくなりました。
私が実家を出てからもう6年以上になりますが、今でも年に数回帰ると「おかえり」と迎えてくれる両親がいます。
実家には私が生まれたころからのアルバムや両親の日記がたくさん残っており、そこには両親からのたくさんの愛情と「ありがとう」が詰まっています。
そのたくさんの「ありがとう」を私は返せているだろうか。そんなことを本書を読んで考えました。でも返そうとするときっと私の両親は、「いつか生まれるあんたの子供にあげな」と言うだろうと思います。それもまた、本書からのメッセージととてもつながり、一層不思議な懐かしさがこみ上げました。
読後、夏の日の夕方に、一瞬通り過ぎる涼しげな風が心を揺らすような、爽やかで儚い物語でした。
この湿度の低い爽やかな読後感を得られるのは、主人公の一人である夏美の存在がとても大きいと思います。夏美は、猛スピードのバイクで山道を滑走するような、はつらつとした女の子です。
”親子愛”という大きなテーマを扱い、人と人の思いが絡まりあう重い雰囲気を、夏美の存在がとても軽やかで温かいものにしてくれています。
ホタルの光のような、儚く切ない温かさを持たせたストーリーが、それを愛おしそうに見つめる夏美の存在に包み込まれているようでした。
また、本書はなんと言っても風景や心情の描写がとても美しいのです。山と川にあふれる自然、その中で過ごす人と人の深い結びつきを表す言葉がなんとも新しく、なのになんだか懐かしいのです。
”田舎のペースでのんびり歩く”
”ふんわりと木綿の風が吹いてきて”
独特な表現ながらも、なぜか懐かしい映像や香りまでもが思い出されるようなとても美しい表現です。他にも物語の随所で、生き生きとした自然の美しさを伝える言葉や、日の色味をフルーツの果肉に例えるような特徴的な比喩表現など、美しい表現がたくさん出てきます。
美しい感情が織りなす物語と、それを彩る自然を表す美しい日本語表現がとても魅力の一冊です。
【考察(※書籍の内容を含みます)】
本書を読んで、心に留まった言葉は突飛なものではなく、とてもありがちな言葉でした。それでも、これまでとは全く違った温度感でそれらの言葉が自分の中に入ってくるのを感じました。
ヤスばあちゃんが息子である地蔵さんにかけ続けた言葉。地蔵さん実の息子に届けられなくて写真の裏に書いた言葉。
「ありがとう」
この言葉に、ヤスばあちゃんと地蔵さんの愛の深さが全て詰まっていると思います。
本書を読んだことでこのたった五文字の言葉が持つ、温度が少し上がったような気がします。とても温かな言葉として胸に残りました。
そして地蔵さんの”恵三”という名前に込められた三つの恩恵。
この世に生まれてくる喜び、親に愛される喜び、伴侶と一緒に子供の幸せな姿を見る喜び
地蔵さんが果たせなかった喜びを、自分はいつか果たすことができるだろうか。また、いつかこの喜びを与えてあげられる側になりたいと、そう思うことができるようになりました。
ありきたりだけれど、大切な思いや言葉が、ヤスばあちゃんと地蔵さんの優しいほほえみと一緒に心にストンと落ちてきます。
【おわりに】
名前ほど親の思いが込められたモノはそうそうない気もする。しかも、名前は形のないモノだから、壊したり、失ったりすることもないのだ。そう考えると、これ以上の形見はないようにも思えてくる。
慎吾は地蔵さんと話してこんなことを思います。
名前は私たちに最後まで両親の思いを届け続けてくれる、とても大切なモノです。まさに”親子愛”をつなぐモノです。
そう思うと不思議と自分の名前にも親近感を感じてきませんか?
名前に込められた両親の思いを受け取れているでしょうか?それをつなぐことはできているでしょうか?
あなたの名前にもきっと込められている思いがあるはずです。
「生まれてきてくれてありがとう」
その思いへの答えは、今はまだ一言しかなくても、それで良いのではないかと私は思います。帰って両親に、子供に、伝えましょう。
「ありがとう」
と。
最後までお読みいただきありがとうございました。
それでは、また。
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