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風を読む【小説】さいはての彼女

#読書感想文 #小説 #文学

【読んだ本】

さいはての彼女

原田マハ

【はじめに】

”活字離れ”が嘆かれるようになってからもずいぶん経ちます。

最近では漫画でさえも、「アニメを見た方が分かりやすいし楽だ」という理由で遠ざける人も多いのだとか。

小説の立場はどうなるのか。

私ももちろんアニメも好きですし、映画も良く見ます。映像から得られる情報の多さと、美しい映像が持つ力もとても素晴らしいものだと思います。

ですが、私は本にも同じかそれ以上の魅力があると思っています。

本の中には文章でしか表現できない世界が広がっています。それは映像や音楽をいくら掛け合わせても表現できません。

例えば、こんなものです。

真っ赤に熟した果実のような夕日

夕日の映像を見て、見た人全員が「真っ赤に熟した果実のようだ」と感じることができるでしょうか。例えその映像を作った人がそう表現したつもりでも、そうはいかないでしょう。

本書はこんな、文章だけが持つ世界をこれでもかと広げてくれた一冊でした。

原田マハさんの作品を読むのは初めてでしたが、色だけでなく、景色、音、匂い、感覚、本の世界のそれらがリアルタイムに体感できるほどの素晴らしい表現力でした。

本の世界にどっぷりつかりたい方にはとってもおすすめです。


【簡単なあらすじ】

主人公の鈴木涼香は六本木ヒルズタワーにオフィスを構える会社の社長。彼女の優秀な秘書が退職することになり、最後の仕事に休暇中の沖縄旅行の手配を頼んだ。

ところが、当日秘書は遅刻。何とか間に合って慌てて乗り込んだ飛行機が向かった先は北海道の女満別空港だった。

レンタカー屋でおんぼろ車を借りて、途方に暮れる涼香の前に現れたのは大きなバイクにまたがった華奢な女の子だった。

予想外の出逢いが、こわばった涼香の心をほぐしていきます。

人は何度でも立ち上がれる。再生がテーマの短編集です。


【感想】

短編集ですが、主に表題と同じタイトルの1作品にフォーカスします。

物語自体に大きな展開は無く、「人は何度でも立ち上がれる」というメッセージ性もとても強いわけでもない、だけどなぜか冒頭から最後まで心をつかまれて離してもらえないような感覚でした。

原田マハさん特有のものなのか、不思議過ぎず、でもちょっと不思議な比喩表現が目立ちました。

その表現が物語に良い刺激と、圧倒的な疾走感を与えており、先が気になる高揚感が大きくなくてもページをめくる手が止まらなくなりました。

特に本作では”風”を表現する言葉が物語をとても色づけていると感じました。

通り過ぎていく風の速さ、匂い、温度、柔らかさ、全てを感じられるような表現が随所にちりばめられています。

動く主体が風なのか、涼香なのか、によっても風の存在感が微妙に変わってきます。この繊細な表現はまさに映像では伝えられない、文章の世界ならでは美しさであると感じました。

読者も一緒にハーレーに乗って滑走しているような疾走感が読後も余韻として残る、とても爽やかな作品でした。

日本語の美しさや可能性を感じることができるのも、読書の素晴らしい所だと思います。

その感覚をはっきりと取り戻させてくれた原田マハさんの作品をこれからもっと読んでみたいと思いました。


【考察(※書籍の内容を含みます)】

本作のテーマは”再生”、”人は何度でも立ち上がれる”という言葉です。

私が感じたことは、テーマに沿っていますが、少しだけニュアンスが違いました。それは、

”人はこんなちょっとしたことで立ち上がれる”

ということです。

涼香に起こったことはトラブルばかりで、何か特別に良いことがあったわけではないのです。

なぜかたどり着いた北海道で、なぜか出会った少女の凪と、なぜか同じハーレーに乗って旅をして、美しい夕日を見る。たったそれだけです。

それでも、涼香はこれまでの人生になかったような素晴らしいものにたくさん出会うことができ、それまでの憂鬱な気分から立ち上がることができました。

なんかパッとしない日が続いたり、何もかもが上手くいかない、大きくつまずいている気がすることって誰にでもあると思います。

そんな時、ちょっと人生の本道からそれて、寄り道をしてみたりすると案外簡単に立ち上がることができる。

そんなメッセージが伝わってきて、気持ちがとっても軽くなりました。


【おわりに】

風景のすべてが、緑色の絵具になって飛んでいく。

私が本作の中で、一番好きな表現です。

とても不思議で奇抜な比喩表現に思えますが、そんなこと気にならずにすっと読み飛ばしてしまいそうなほどに文体に溶け込んでいるのです。

この奇抜なのに引っかからない独特な表現が、ハーレーが自然の中を駆け抜ける描写において、風景や温度感をはっきりと写しながらも疾走感を感じたまま読み進めることができるようにしてくれています。

本の世界は、ひとつひとつが全く違った輝きや景色を持っていて、大好きです。

言葉一つでどこまでも連れて行ってくれるような気がして、そんな素敵な本を読んでいるとワクワクします。

本の世界のさいはてはまだまだ見えないほど遠くにあります。

これからもたくさん旅をしたいです。

本記事を読んでくださっている皆さんも、まずは北海道女満別のツーリングから、いかがでしょうか。

風がとても気持ち良いですよ。


最後までお読みいただきありがとうございます。

それでは、また。

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