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家族の漆 その2 8月30日

松本滞在3日目。
今回は3泊4日。滞在中は毎年宮下家にお世話になっている。

山の奥地にある温泉へ行くことも、何より宮下家のみんな、
そしてショーちゃんも一緒にワイワイ言いながら料理を作って
食べる晩ごはんも、ぜーんぶ丸ごと楽しみにしている松本行き。

例年の来訪は秋だったのを今回夏のこの時期にしたのは、
漆塗りの作業を動画で撮影したいという理由からだ。
冬でも漆塗りの作業はやろうと思えばできなくもない。
でも漆の特性を考えると、ある程度の湿度と気温があり、またそれを無理なく自然なかたちで一定に保てる時期が適しているらしい。となると、寒く乾燥した時期よりも、初夏からせいぜい秋口くらいまで。暑さがここまで尾を引くことは予想外だったが、撮影の時期はこうして前倒しとなった。

今日は朝から塗り部屋でお椀の上塗り作業の動画撮影。
漆塗り作業の最中にホコリは大敵だ。小さな小さな目に見えるか見えないかのホコリすら立たせないように、動く際には細心の注意を払う。

漆は取り出してすぐに塗り始められるものではなく、まずは成分を均一にするためにヘラで素早く何度も撹拌し、不純物を取り除くために不織布で包み、絞りながら濾していく。さらに器具も使って絞り切るのだが、器具を使って濾したものには、不織布の埃が入る場合もあるから先に絞ったものとは別で分けておくという細やかさ。この下準備を端折ってしまっては、仕上がりが歴然と違ってきてしまうのだ。

そうやって坦々と全てを整え、波立つ湖面が静かに、そして透明になっていくような工程は、まるで瞑想でもしているかのようで、見ているこちらまで清らかな気持ちになっていく。スッと背筋を伸ばして、作業に合わせて息をつめたり、そして細く細く息を吐いたり。時間の流れ方が一瞬、止まるようにゆっくりと進んでいるような気さえする。さっきまで鳴いていた蝉までピタリと鳴き止み、そして時を待ってまたジーーーーと鳴き出す。

頭の中で様々なことを考えていることすら、
宮下さん、ショーちゃん、ふたりの集中の邪魔になりはしないだろうかと思ってしまうほど。
撮影がひと段落したときに「ふぅーーーー」と大きく息が出たことで、
自分が気配を消さねばと、息を止めていたことに気づく。

何度か目にしている作業なのだが、何度見てもいいものだ。
私は漆のこの心地よい緊張感に惹かれるんだろうな。
漆の器を使って手や目、盛り付けられた料理たちまでもが喜び、こころが潤う感覚は、表には見えない部分、その周辺のすべての空気のようなかたちのないものが作り上げているのだろう。
この感覚、纏っている空気。
モノそのものだけでも十分伝わるものなのかもしれないけれど、
作り手とモノと、使う人とを結ぶ、つなぎ目のようなお役目を
果たすために、やっぱり実際に触れてみたい。わずかでも知りたい。
そんな風に思うわけで。

8月30日(水)松本市 最高気温32℃ 最低気温22℃
満月前夜 ほぼ満月の月明かりは白く冴えていた

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動画はショージさんによって編集され、展示期間中にご来店下さった方々に
ご覧頂けるように準備致しますのでどうぞお楽しみに~