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秀作『あでな//いある』を観て、俳優内田健司が、蜷川幸雄演出の『リチャード二世』で人間の本質に突き刺さる演技を見せていたことを思い出した。

 ほろびての新作『あでな//いある』(細川洋平作・演出)が、評判になっています。私も今年を代表する舞台が、新年早々生まれ、その誕生に立ち会えたことをうれしく思います。

 この作品に、客/いべ役で出演している内田健司さんは、かつてさいたまネクスト・シアターのメンバーとして、蜷川幸雄さん演出の舞台に立っていました。
 蜷川さん最晩年の傑作『リチャード二世』のタイトルロールを演じたのが、内田さんです。かつては、まさしく蒼白な青年の趣でしたが、7年を隔てて、たくましい役者に成長されていました。かつてのリチャード二世として内田さんを覚えている方には、ぜひ今回の『あでな//いある』(こまばアゴラ劇場 29日まで)を観て、現在の姿を見届けていただきたいと思います。
 また、今回はじめて内田さんの演技に触れた方にも、以下の劇評をお読みいただきたいと思います。久し振りに自分の書いた文章を読んで、劇評の記録性について、考えたりしました。

【現代演劇劇評】二〇一五年四月 彩の国さいたま芸術劇場インサイドシアター
蜷川幸雄演出『リチャード二世』

 『2012年・蒼白の少年少女たちによる「ハムレット」』『2014年・蒼白の少年少女たちによる「カリギュラ」』など、私たちの現在に突き刺さる秀作を生み出してきた、さいたまネクスト・シアターが、シェイクスピアの『リチャード二世』(松岡和子訳)に挑み、またしても傑出した舞台を生み出した。演出は蜷川幸雄。今回は、ネクストに加えて、五十五歳以上の俳優を擁するゴールド・シアターが加わっている。

 劇の冒頭、ゴールドの俳優たちは、舞台奥の暗闇から車椅子に乗り、コの字型に組まれた客席へ向かって押し出してくる。その後ろに従うのは、ネクストの俳優たち。男性は、紋付き袴、女性は色留袖。礼服をまとった老若男女が迫ってくる。

 ル・クンパルシータが流れる。アルゼンチンタンゴを代表する楽曲である。ダンスが高まると、ゴールドの俳優たちは立ち上がり、ネクストの俳優と男女ペアを組んで扇情的にタンゴを踊る。老齢の男性と若い女性。若い男性と老齢の女性の組み合わせだ。一種、異様な光景である。劇空間全体を埋め尽くした人間たち、踊りに身をゆだねる老人と若者。そして、男性二人が紋付き袴を脱ぐと下はモーニング。ふたりのタンゴがはじまる。タンゴの性格もあってエロティックな空気が空間を支配する。

 生とは猥雑にして神聖ではないかと、演出家は冒頭の場面から観客に投げかける。

 イングランド王リチャード(内田健司)は、反逆を企てたとお互いをそしり合うヘンリー・ボリングフィールド(竪山隼太)とトーマス・モブレー(堀源起)をともどもに追放する。

 ボリングフィールドの父ジョン・オヴ・ゴーント(*葛西弘)が亡くなると、アイルランドとの戦費にあてるために、その財産を理由なく没収する。六年間の追放処分に処せられたにも関わらず、怒りに燃えたボリングフィールドは兵を挙げて、お追従をいう取り巻きに囲まれたリチャードを退位に追い込む。やがてポンフレット城に監禁されたリチャードは、神聖なる王位と生身の人間、その双方を生きる人間存在を厳しく問い詰める。

 蜷川演出の特質は、リチャード王がゲイであることを、避けず、怖れず、まっすぐに、そして象徴的に描き出したところにある。劇の随所にリチャードは貴族たちとふたりでタンゴを踊る。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。