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【劇評205】二月大歌舞伎。魁春、歌舞伎座で久し振りの『十種香』を出す。松緑、巳之助の『泥棒と若殿』

 二月大歌舞伎は、第一部『十種香』から。年表を見ても、松江から魁春となった平成十四年から今月まで、地方では出しているが、歌舞伎座で演じるのは、ずいぶん久し振りとなる。

 前回との比較はさほど意味があるとは思えないが、父六代目歌右衛門の八重垣姫を写す姿勢は変わらない。ただ、型を写すことに徹して、自分を消し去る覚悟が見事で、派手さはないが、篤実な『十種香』となった。

 花作り簑実は勝頼は、門之助。出から憂いに満ちて、この役は単に美男の役者をみるためにだけあるのではないとわかる。八重垣姫と対になる濡衣は、孝太郎。黒の振袖がよく似合って、抑えた色気が匂う。魁春は、勝頼とわかってからの芝居となってからも沈潜しているかに見える。見どころの柱巻も控えめだが、ひたむきな心情がこぼれる。
 白須賀六郎は松江、原小文吾は男女蔵。キレ味を出そうと懸命に勤めている。謙信は錦之助。本来は勝頼の役者だと思うが、年齢を重ねるうちに、大きさが求められるこのような役に回っていくのか。

 山本周五郎作、弥田弥八脚色の『泥棒と若殿』(大場正昭演出)。伝九郎を松緑、松平成信を三津五郎が演じた平成十九年の舞台が思い出深い。三津五郎から巳之助にこの役が受け継がれていく。巳之助は年齢的にまだ、三年の歳月のなかで、城を出て、世を捨てている若殿の苦渋がこれからの課題となる。
 ただし、持って生まれた品がよく、無邪気に世話をやく松緑の伝九郎を信じ込んでいる心情がよく伝わってくる。

 松緑は、同情から世話を焼くのではなく、伝九郎の人柄に惚れ込んでいく。率直な思いをつねに躍動させていた。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。