歌舞伎座三階故人

三津五郎と酒

 三津五郎とは、よく飲みに行った。

 勘三郎ともいったが、大勢の酒である。特に地方に行くと、お気に入りの店が貸し切ってあって、勘三郎に縁のある人が集まった。
 それに対して、三津五郎はサシの酒だった。少人数で飲み歩くのを好んでいた。少なくとも私とはそんな飲み方をした。

 もっとも、三津五郎に誘われて行った店で、いまもなお営業を続けている店は、それほど多くはない。今も、私が行き続けている店というと限られている。

 岩波書店の仕事で『坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ』『坂東三津五郎 踊りの愉しみ』の聞書きをしていた時分は、月に一度くらいは会っていた。
 取材が終わると酒になる。
 岩波の担当者の中島さんは、下戸だったので、お付き合いを願うわけにもいかない。取材は、銀座の「ルノワール」の会議室か神保町の岩波書店の会議室が多かった。
 必然的に、というべきか、引き寄せられるようにというべきか、銀座に出ることが多かった。

 サシで飲むといったが、三津五郎は女性がいる店も好きだった。
赤坂にある「卯左木」は、その代表選手だった。カウンターに並んで、歌舞伎のこと、子どものこと、着物のこと、踊りのこと。陽気に話した。機械式時計が好きだったらしく、そんな話題にもなった。自動巻きがたくさんあるので、腕につけなくても、ネジを巻いてくれる機会があるという。専門的すぎて私にはついていけなかった。

 巳之助さんの将来についてしんみり語ったのもこの店である。また、偶然、店で会った扇雀さんと三人で飲んだこともある。歌舞伎の世界の先輩と後輩は、これほどけじめがあるのかと驚いた覚えがある。

 歌舞伎座で芝居を観た後に、今でも足が向く店がある。
ソニービルのある電通通り、新橋より。銀座能楽堂からほど近いビルの二階にその店がある。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。