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野田秀樹が描いた幻のオリンピック。『エッグ』劇評14枚。

 劇作家・演出家・俳優の野田秀樹には、幻のオリンピックを描いた名作がある。2012年に東京芸術劇場で初演された「エッグ」である。
 ここでいう東京オリンピックは、一九六四年に開催された東京五輪ではなく、一九四○年に東京市で開催される予定だった夏季オリンピックである。
 欧米以外ではじめて開かれるオリンピックとなるはずだったが、日中戦争の影響で日本政府は、開催権を返上した。幻のオリンピックであった。
 野田の奇想は、満州国へと飛び、その地での細菌兵器実験にまで、及んでいく。400字詰14枚のこの劇評は、『野田秀樹の演劇』(河出書房新社 2014年)のために書き下ろされた。

昭和史のバトンリレー

 倒れたロッカーが折り重なり、あたりは瓦礫の山だ。野田秀子と名乗る女が、改装中の劇場を見学にきた女学生たちを案内している。そこへ、剥き出しの大きな梁に張り付いていた古い原稿用紙が落ちてくる。

 寺山修司が書いた未完の脚本『エッグ』である。芸術監督の愛人だと自ら名乗るこの女は、監督にこの作品を貢ぎたいと願う。

この作品が上演された当時、東京芸術劇場は、改装を終えたばかりだった。もとよりこの劇場の芸術監督は、野田秀樹自身である。虚構のなかに事実を入り混ぜながら始まる。

 瞬時に場面は切り替わり、野田秀樹が演じていた案内係の女は、芸術監督となって現れる。発見された脚本『エッグ』のなかの登場人物、消田監督との会話が始まっている。

 この舞台は、野田作品にしてはめずらしくメタシアターとなっている。あえて入れ子構造を採ったのはなぜなのだろうか。冒頭から謎が生まれ、あたかも小骨が喉にひっかかったかのようだ。

エッグという競技

 橋爪功が演じる消田監督は、作品タイトルとなった架空のスポーツをこう要約してみせる。

 「一試合に平均、40から50個のボールが壊れます。壊れ続けます。人間の破壊衝動を捉えたスポーツだと言えます。七人のプレイヤーたちが、壊れやすい『エッグ』を素早く安全に時に巧妙に移動させる、その姿に人々は感動してきたのです」

 劇ははじめこのスポーツ「エッグ」がオリンピックに参加できるか、できないかをめぐっている。参加できると決まったとたん、その決定が覆される。その過程で「エッグ」の主軸選手粒来幸吉(仲村トオル)は、センターエッグのポジションを新人の安倍比羅夫(妻夫木聡)に奪われる。相容れないふたりの会話は噛み合わない。

 一方で、ロック歌手苺イチエ(深津絵里)が登場し、スポーツと芸能の密接な関係が描かれる。苺はかつて「エッグ」の主軸選手粒来(仲村トオル)のストーカーだった。

  しかも、苺イチエの母親オーナー(秋山菜津子)の父親は、「世界の九割くらいのもののオーナーだって噂」だとされる。
  オーナーは横暴な権力者として振るまい、苺の結婚と引退、そしてカムバックへの絵図が描かれる。苺は粒来に振り向きもされないために、コンサートで突然結婚を発表するが、その席にいたのは、粒来ではなく安倍だった。苺と安倍は愛のない結婚へと進んで行く。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。