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尾上菊之助の春秋 その壱 春

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尾上菊之助さんの話題が中心のマガジンです。筆者の長谷部浩は、『菊之助の礼儀』(新潮社)を以前、書き下ろしました。だれもが認める実力者が取り組む歌舞伎、その真髄について書いていきま…
有料記事をランダムに投稿します。過去の講演など、未公開の原稿を含んでいます。アーカイヴが充実すると…
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2019年11月の記事一覧

Kikunosuke OnoeⅤ Speech at the British Embassy March 2009

Written by Hiroshi hasebe Translated by Robin Tompson

2009年3月、菊之助さんは、ロンドンのバービカン劇場で『NINAGAWA 十二夜』公演を予定していました。それに先だって、3月4日に、英国大使館で駐日大使夫人の臨席のもとに、菊之助さんのスピーチが行われました。きわめで限定された50人ほどの観客が聞いた幻の講演会です。
依頼を受けた私は、

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菊之助の英国大使館スピーチ 2009年3月

菊之助の英国大使館スピーチ 2009年3月

2009年3月、菊之助さんは、ロンドンのバービカン劇場で『NINAGAWA 十二夜』公演を予定していました。それに先だって、3月4日に、英国大使館で駐日大使夫人の臨席のもとに、菊之助さんのスピーチが行われました。きわめで限定された50人ほどの観客が聞いた幻の講演会です。
依頼を受けた私は、スピーチライターとして草稿を作りました。菊之助さんは原稿に目を通して、決定稿が作られました。また、PowerP

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丑之助という名跡。なぜ「丑」なのか?

丑之助という名跡。なぜ「丑」なのか?

 おっとりしているのは、決して悪いことではない。

 寺嶋和史君、七代目尾上丑之助は、尾上菊五郎家の跡取りとして生まれた。

五代目尾上菊之助の前の名前は、六代目丑之助。七代目尾上菊五郎も、前の前は、五代目丑之助だった。

 江戸の昔は、無事生まれても、早世する子も多かった。
 利発だけれど病弱な子は、無事、元服してくれるのかと、親は心配だったろうと思う。ともかく元気で勇ましく。
 そのためか、現

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『菊之助の礼儀』

あとがき

『菊之助の礼儀』 あとがき

 

 五年ほど前に、菊之助さんについて、新潮社から一冊の本を書き下ろしました。あれからずいぶん時間が過ぎて、女方が中心だった役も、次第に立役も増えました。世話物や踊りだけではなく、時代物のレパートリーも増えました。『グランメゾン東京』での敵役、『風の谷のナウシカ』の企画など、今、転機にあるように思います。『菊之助の礼儀』のあとがきを収録しておきます。

菊之助の当り役2 『御所五郎蔵』

歌舞伎劇評 平成三〇年六月 江戸川総合文化センター 

音羽屋菊五郎家の嫡子は、江戸世話物を継承すべき立場にある。
美貌と声のよさに恵まれた女方として出発した菊之助は、父七代目菊五郎の相手役を勤めることで、継承の準備を着実に進めてきた。『直侍』の三千歳、『魚屋宗五郎』のおなぎ、『御所五郎蔵』の逢州はその良い例だと思う。『髪結新三』の勝奴も同様。父と同じ舞台を勤め、将来に備える。これは御曹司として生

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菊之助の当り役1 『京鹿子娘道成寺』

令和元年五月 歌舞伎座夜の部1

 未来を信じるといえばたやすい。

 が、これほど困難な時代を生きていれば、あらゆる芸術ジャンルが果たして伝統と革新を継続的になしうるのかが疑われるのは致し方ないだろうと思う。

 今月の歌舞伎座、團菊祭五月大歌舞伎の眼目は、尾上菊之助による『京鹿子娘道成寺』に尽きるだろう。
 菊之助自身がひとりで『道成寺』を踊ったのは、平成十一年の一月、浅草公会堂である。坂東玉

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菊之助は「敵役」を演じきるか? 2

尾上菊之助は、敵役とは無縁だと思ってきた。もっとも、歌舞伎は、敵役を大切な役柄としている。たとえば『伽羅先代萩』の仁木弾正は、「国崩し」と呼ばれる敵役である。主家ののっとりをもくろむ大悪人だけれど、立役を中心にする歌舞伎役者は、いずれは仁木(にっき)を演じたいと考える。

『グランメゾン東京』で、菊之助が演じる丹後学は、第六話まで観たところ、どうも仁木ではないらしい。むしろ木村拓哉が演じる尾花のほ

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