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心のメンテナンス、大事という話。元気な時にカウンセリングを受けてみる価値

去年の7月、cotreeでオンラインカウンセリングを受けた。そして、ちょうど一年後の8月に、同じカウンセラーさんに2回目を依頼。

一年前の「アサーショントレーニング」の続きと、最近の自分の変化について相談。以前の自分を知る専門家に「僕は大丈夫に見えますか?」という問いは「するだけ」でも、かなり心が楽になる。

「カウンセリングを受けたよ」と言うと「辛いの?」と思われるかもしれないが「予防くらいの気持ちで受けてみてもよいのでは?」と思った出来事について。

二度目を受けるきっかけは、cotreeお茶会

初めてカウンセリングを受けたのは「自己開示」に悩みを抱えていたため。もともとコーチングを受けて、その過程で「この問題はコーチングではなくカウンセリングを受けた方がよいですね」とコーチのこばかなさんに、cotreeを勧められたのがきっかけだった。

そして、ちょうど一年後、cotreeユーザーとして、体験をざっくばらんに喋るイベントに参加。

イベントの最後に「どんな人にカウンセリングを受けて欲しいか?」という問いがあった。少し考えてみて「自分の好きな人」と僕は答えた。

家族や知人のメンタルが弱って、連絡が付かなくなったり、家庭内のコミュニケーションがギスギスすると辛い。関わる相手の心が豊かだと、こちらの心も豊かになる。コミュニケーションコスト的に"俺得"と言える。関わっていきたい人、関わらざるを得ない人にcotreeを使って欲しいなあと。

例えば、家族は関わらざるを得ない相手だ。両親が病気になると一緒に住んでいなくても、心配したり、補助したりといろいろ考えないといけない。「もう自立した他人だから」と切り捨てるのも、自分の罪悪感を苛むので精神衛生上良くない。

僕は、基本的に利己的な人間だ。好き勝手、心身の負担軽く過ごすために「関わらざるを得ない人や関わって欲しい人に健康でいてほしい。なぜなら、それで自分も楽になるから」という、ちょっと身も蓋もない考え方だ。

そこまで話してみて、改めて「健康(と思われる人)がカウンセリングを受ける価値」を自身で体感してみようと思った。

ちょうど一年経ったので二回目を受けてみることにした

一年経って相談したのは、自己開示の前回の続きと、自分の変化を一年間の変化。

前回「親密な人間関係を築くのが苦手」という相談をさせていただきました。一年前に自己開示、アサーションを勧めていただき、自分のこだわりのことや「親密な人間関係を築くのが苦手」という内面のことを少しずつ言語化できるようになりました。少し時間が経ったので、次のステップやこれからのことを相談させていただきたいです。

そのためにカウンセラーさんにお願いしたのが、3つの質問でした。

一つ目の質問:これからの人間関係の築き方

自己開示の手法として「アサーショントレーニング」に、これまで取り組んできた。

相手の考えを尊重しながら、対等に自己主張をしていくコミュニケーションスキルを指します。アサーティブなコミュニケーション、アサーティブネスとも言います。

トレーニングの結果、はぐらかしてきた自分自身の価値観や偏愛のことを肩の力を抜いて語れるようになった。いままで仕事や学生時代の付き合いしかなかったつながりが、オンライン、特にTwitterを起点に大きく広がった(当時は、一度も会ったことのない相手と飲みに行くとか想像していなかった)。

その現状報告をカウンセラーさんに済ませた後、次のステップや現在の悩みを相談することになった。

これまで「注意資源をロスする人とは距離を取る」ことが多かった。Twitterなら「ストレスや違和感を覚えたらミュートする」というものだ。

しかし、リモートが増え、人と新しく知り合う機会・知人を深く知る機会が著しく減った。合わない人と距離をとるのは簡単になった。それは「合わないと思っていた人の良かった面」を発見する機会が減ることだ。

そうした背景が踏まえた上で「これから人間関係の築き方をどう考えたら良いか?」をカウンセラーに相談した。

自己開示の次のステップとして「自分で評価をするのをやめてみる」あるいは「自分で決めた評価は仮評価とする」のはどうでしょうか?

僕の現在取り組んでいる「アサーショントレーニング(自己開示)」の基本の考えに「過去と他人は変えられない」がある。自分が見えている相手は本当の姿ではない。

過去に囚われることなく、未来を恐れることなく、一面だけを見て、想像で評価をきめつけない、ゲシュタルト療法の視点を持ってみる

人の全体像全てを知るのは難しい。自分のフィルターを外して理解する。人と対話する機会を保ちつつ、その主観性を放棄してみる提案をもらった。ただ放棄するだけだと「重たく」なってしまうので、会社や契約のように「試用期間を人間関係にも設ける」という提案になった。

これは僕の課題(最近、人と距離を取りすぎている気がする)なので「人間関係のストレスが多いなー」と感じている場合は、違う方針になると思います。

話しながら、もう一つ悩みが思い付き、それも相談してみる。

二つ目の質問:気晴らしでSNSや動画に時間を使い過ぎている

コロナ禍でフリーランスになってから、組織・物理の繋がりが薄くなった影響で集中が薄くなり、SNSやYoutubeを徘徊するのが癖になった。

せっかく時間も意思決定も自由なので、もっと建設的なプロジェクトや、時間がある今しかできないことをしたい。しかし不安なのか、つい気晴らしに時間を使ってしまう。

二つ目の質問は「気晴らしでSNSや動画に時間を使い過ぎているのが悩み」というツイ廃にありがちな悩みだ。

みんな同じことを言っています。朝起きたら「どうぶつの森」を開いてしまう悩みなど多いです。異常な環境にいるのは、みな同じで、自分一人ということではないです。宿題を残したまま、夏休みが終わっていくことの不安を、みんな抱えています。

まず前提として「気晴らしは必要」です。どうでもいい時間の使い方も大事。「息抜きはあくまでも息抜き」と意識して、優先順位をきっちりと決めてみてはどうでしょうか?

それと、SNSや動画に時間を使うことも、ネガティブに考えすぎるのではなく「ヒント」を得るという前向き志向に変えては?

その上で決めたのは「どうでもいい動画や時間の使い方は、なるべくしないこと」と「やるべきことを言語化し、それを見えるような場所に貼る」こと。

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貼るものは「SNSを見ない」という窮屈なものではなく「今週中に本を読む」というような前向きなものを貼った方がよい。それも、どんどん張り替えていくと良い。達成した行動が積み上がっていくのは、行動を達成していくモチベーションにも繋がる。

最後の質問:「僕は大丈夫に見えますか?」

自分の心でも、自分がわからないことが多い。オフラインの付き合いが減ったいま、客観的に「自分がどう写っているか?」というのは、ある意味で一番聞いてみたい質問だった。

「一年前の僕を知っている立場、そしてコロナ禍で多くの人をカウンセリングしている立場から見て、今の僕は大丈夫に見えます?」

健康的に見えています。なにをやるべきかわかっている、やりたいことがしっかりある人は大丈夫です。

安心した。結局はオンラインでのカウンセリングだから「伝わっていないもの」も多いかもしれない。ただ専門家に「見てもらった」だけでも不安は軽くなる。

元気な時こそカウンセリングを受けてみる価値

ここまで書いたことは「明確な病識があって、それへの療法を求めて、専門家のカウンセリングを受ける」こととは少し違うかもしれない。どちらかと言えば、コーチングに近い領域かもしれない。

コーチングとカウンセリングの違いは「未来に向き合うコーチング・過去と向き合うカウンセリング」という分け方が一つある。しかし、現在に向き合うカウンセリングがあっても良い。曖昧な領域。そこには3つの価値が発見できた。

・安心
・自分の心身の言語化
・無自覚を自覚すること

家族や親しい友人、関わることの多い人とも「最近ちょっと無理していると言われた」「健康状態よかった」と「体重の増減」くらいの感覚で語れるような雰囲気が出来たら、世の中がもう少し健康的になりそうな気がする。軽い気持ちで勧めることができ、軽い気持ちで受けてもらいやすいのはオンラインならではの長所だ。

カウンセリングを受けることは、自分を言語化することだ。

「最初は大した悩みがないな〜」と思っていても、話し出すと「この悩み、めちゃくちゃでかいな」と発見したり「ずっと感じていた悩み、実体がなかった」と気がついたりする。

以上、心のメンテナンス重要よねという話でした。


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