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体外受精を経て無事出産!!(後編)

日々育児・家事・仕事と慌ただしく
気づけば前編から1か月の月日が…!!!


●出産した日(後編)
出産自体は10分ぐらいだった気がするが、
もしかしたらそう錯覚しただけかもしれない。

ただその後の止血がなんと3時間もかかることとなり、
加えて急いで赤ちゃんを取り出したせいか、膣内を結構傷つけたようで、いつまで経っても縫合が終わらない印象が脳裏に焼き付いて今も離れない。
ずっと開きっぱなしの股間に、止まらないハサミのチョキチョキ音、そして遠のいていく意識……

後から聞いたら、なんと2Lも出血したようで、googleで調べたら私の体重では体内全部で5Lの血液しかなく、その約半分が流れ出てしまったようだ。それは眠くて当然だ。一生懸命看護師さんに寝てはいけないと叩かれてた腕の感触も記憶に新しい。後から振り返れば振り返るほど、恐怖が込み上げてくる。
そして母子手帳に書かれた出血多量の文字と注意簡易の外付けの説明文がさらに現実味を増してくれている。

この日は、
私が集中治療室に入れられ、子供に会うことはできなかった。
正直とてもじゃないが会える状態ではなく、全身を通る数々の管。
説明もないままにベッドの上に置かれ、そして食事も出ず^^;この時点では朝10時から何も食べていない私は、痛みと空腹と疲労に耐えながら全身の管に細心を払いつつ、寝ることに。

しかし、麻酔が切れた後のあの夜はおそらくお産一連の中で一番の痛みだったかもしれないぐらい辛く長い夜だった…手渡されたロキソニンはただの気休め程度にし必ず、それなのに8時間おきに1粒しか飲んではいけないという。おそらくオーバードーズの関係でかなり厳しくロキソニン飲用の管理をされた。記入しないといけなかったり、時間になると看護師さんが来て、飲んだ後の殻を確認して回収していく。なんてこったよ。痛くて寝れやしない…
かろうじてウトウトし始めた朝方5時に今度は見回りが来て、強制的に歯磨きをさせられる。全く動かない体を無理して動かし、そして待望の朝食。この時は本当に水を得た魚のように嬉しかった。

昼ごろにようやく我が子が部屋に運ばれてきた。
この時に初めて自分が出産したという事実を理解した。しなし無痛だったせいか、最後の出てくる瞬間の痛みがないため、この子が私のお腹から….?という不思議な感覚はその後しばらく消えることはなく、私の子供でこれから育てる義務があることを脳は理解しているが、「これが私が産んだ子」という事実がどうもピンとこなかった。

そして1日が経って、一般病棟に移された。
すぐさま周りをたくさんの同じような出産したお母さんに囲まれた。
この時、初めて長い長い不妊治療の末、ようやくみんなと同じ目線になれたんだと、感涙してしまった。

本当に長い長い"私は不妊治療"という後めたさとは少し違う恥ずかしさが、ようやくここで結末を迎えたんだ。やっとゴールに辿り着けた。

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そして早い事にあの時生まれた長男もつい先日100日のお食い初めを終える事ができた。なんと感慨深いのだろう。勝手に普通に授かった人たちよりは、5倍増しで可愛いと思ってる自信がある(←怒られる)

すくすく育ち、

体重6,900g 身長62cm

と3,4か月検診でも体格もがっしりしていて、
本当よく育ってると褒められ、
日々表情豊かになっていく我が子を抱きながら、
正直未だ不思議な気持ちでいっぱいだけど、
あの時勇気を出して、病院の玄関を叩かなければ、
そして転院をしていなければ、
こんなにもかわいいこの子に会うことはなかっただろうと。


最後にあえて写真を載せようと思う。


これを見て、不妊治療でも、体外受精でも、
こんなにも健康で天使のようにかわいい子供に会えるんだと、
誰かの勇気になれればと。



今まだ治療真っ最中で苦しんでいる方も
これから治療に望もうとしている方も
既にご解任されている方も


どうか、まずは自分を労ってあげてください。
そして皆さんにとってそれぞれの最良な結末が来ますように。



また第二子で会いましょう^^

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