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【書評】芸術は本当に爆発だ『最期の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(二宮敦人)

小説家・二宮敦人さんの妻は東京藝大の彫刻科に籍を置く学生だ。
東京藝大はなんとあの東大よりも倍率が高く(藝大の絵画科は17.9倍の倍率!)、入学するには困難を極める……とのこと。
そんな高き倍率を潜り抜けて入学した藝大には、どんな科があり、どんな学生がいるのか?
それを潜入取材したレポ的なものが本書である。

私がこの本を読んでいちばん感動したのは、学生たちに打算がないことだ。
藝大は美校(美術学科)と音校(音楽学科)に分かれており、どちらも「生きていくために必要か?」と訊かれると小説や漫画同様、エンタメはなくても生きていける(ただし、ないと生きていくのがかなりつまらなくなる)。

つまり、学生たちが学んでいることは必ずしも人生のおいてなくてはならいものではない。
でも、「好きだから」という一点集中で藝大に入学し、己の極めたい道を驀進している。

確かに藝大を卒業後、プロのアーティストとして生きていけるのはほんの一握りで、「アートを買ってもらう」や「演奏を聴きにきてもらいお金をもらう」といのはとても特殊な世界だし、全員が全員プロとして生きていけるわけではない。
だれだって将来を不安視するだろうに、彼らは「こうすれば稼げる」とか「こうすれば売れる」という打算がないのだ。
もちろん、音校の人はプロの演奏家を目指して「お金を払って演奏を聴きに来てもらう」ということを目指しているし、美校の人は様々なアートを提供してお金をいただくことを目指している。
しかし、読んでいると正直だれもがそれは二の次に考えているように感じるのだ。

「社会の役に立つ」というよりも「社会をもっと楽しく、おもしろくしたい」というような考えをもとに藝大に入学し、勉強している。
それがなんだか私の目には新鮮に映り、羨ましく思えた。

中でも私がかなり共感したのは、美校にいながら絵を描いたり彫刻をしたりすることを選ばなかった女の子の言葉だ。

「(中略)私にとって美術は、自分で売り込んでいく感じじゃないな……って。私、あまり絵を描くの得意じゃないし。それよりも展示する側のことを学びたくなってきて。私にとっての美術は『みんなに好きになってほしいもの』で、そのために働けたらいいなって」

本文より

私も一時期は小説家を目指して頃があった。
作品を書こうと必死になっていたのだけど、ある時気づいたのだ。
「私は作品が書きたいんじゃなくて、既存の素晴らしい作品たちをもっといろんな人に知ってほしいんだ」と。
読書を、本を、もっと好きになってほしい。
だから彼女の言葉は、分野は違えど目指すものは同じだなと感じた。
それをはっきりと言語化してくれたおかげで、なんだか胸のつかえが取れた気がしたのだ。

藝大に通っているからといって、必ずしもプロのアーティストや音楽家になれるわけではない。
けれども彼らは一切の打算なく、「好きだから」「これがやりたいことだから」「極めたいことだから」とあっけらかんとして言うのだ。
その笑顔が文章から眩しく浮かびあがってきて、私は目を細めた。
家族との確執もありつつ藝大を選んだ人も、様々な道を経て藝大に入学し直した人も、どんな理由があって入学しようとも、彼らは立派なアーティストだ。
彼らの前途に幸あれ!

西桜はるう


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