見える見えない見える「恐怖」【蛇棺葬】(三津田信三)

旧家に伝来する葬送儀礼と密室殺人! 幼いころ父に連れて行かれた百巳家。そこに無気味な空気を漂わす百蛇堂がある。私はそこで見たのだ。暗闇を這うそれを……。「作家三部作」第三編前編。

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あなたは蛇にどんな印象を持っているだろうか?
まあ、苦手な人も多いでしょう。
私は爬虫類が好きな部類の人間なので、蛇を見ることも触ることも厭いません。
なんなら、ツバメの子供を食べそうになっていた蛇のしっぽを掴んでぶん投げた経験もあるぐらいに蛇は平気な生き物なのです。

本書は直接「蛇」という生き物が関わっているのにも関わらず、なんとなく自分が思っている蛇のイメージを覆されるかもしれません。
…………恐ろしいほうに。

ことは主人公の母親が亡くなり、父方の家へと引っ越すことから始まります。その父方の家はいわゆる「旧家」で、なんとも不気味な「百巳(ひゃくみ)家」と言う苗字なのです。そこで義母となる人と対面し、旧家のおかしな人たちとの交流(と、言っても話したり、楽しく遊んだりしているわけではありません)をしていきます。

幾人もの不気味な旧家の人々が現れるのですが、中でも「大奥様」と呼ばれている主人公の祖母のキャラクターが強烈です。
主人公を茶の湯に自分の部屋に呼びつけるのですが、様々な文句をつけては主人公を竹で叩くのです。
もともと死んでいるような祖母の描写が、茶の湯のシーンになる生き生きとする描写に変わるのですが、その対比がなんとも恐ろしく、鮮烈な印象を残します。

「百巳家」の「巳」は干支で「蛇」のことなのですが、おそらくこの家は「蛇神様」を祀っています。「おそらく」といのは、この本は全体的にすべてが曖昧なのです。
主人公が幼いころに経験する恐怖体験も、形がなく「曖昧な恐怖」。
そして、旧家特有に何かを秘匿するという部分も本書の曖昧さを増す要素になっています。村も閉塞的なら、人も閉塞的。慣習や因習に囚われた旧村の雰囲気がたっぷりと味わえます。

ホラーミステリというジャンルとされていますが、どちらかというとホラー色強めです。なんなら謎が解決されることがほとんどありません。
答えが提示されないミステリーってアリなの!?と思うかもしれませんが、解決されるべき謎よりも物語の雰囲気を楽しむための本だと思うのです。

強烈な個性を持つ旧家の人間の人間たちは、決して主人公優しく接してくれません。いないものとして扱っています。
それがまた蛇への恐怖と同時に、存在を消されていることのへの恐怖も感じます。一応、主人公は跡取りなんですけどね……。

語りは大人になった主人公が子供時代を回想し、やがて義母が亡くなったことにより一旦は抜けたかと思われた「百巳家」へと再び足を踏み入れることになる大人時代へと繋がっていきます。

彼が見た「百巳家」の恐ろしい実態を、ぜひ体験してください。


はるう


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