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【書評】この本にモラルは存在しない『他人事』(平山夢明)

ゴミはゴミ箱へ。
人を傷つけてはいけません、まして殺してもいけません。
そんな当たり前が通用しないのが、この『他人事(ひとごと)』という本である。

今回3つのポイントに分けて魅力を紹介したいと思う。

『他人事』のいちばんのポイントは?

「モラル」の「モ」の字もないところ。
無秩序の中に放り出されるかのような感覚に陥り、読んでいくうちにだんだんその世界観が快感になっていくから不思議なのだ。
しかも快感を感じ始めたらヤバいだろ!という意識が働くのに、グルーブ感がどんどん高まっていくのが分かる。
理不尽な暴力や理不尽な出来事が否応なく書かれているけれど、それすら目を離せないほどの「読む快感」が待っている。

読みどころは?

えぐい内容が多いのだけど、ミステリの要素を含んでいることが読んでいると感じられる。理不尽にさらされることが多々ある物語の中で、究極の、極限のミステリはが読めると思ってもらっていい。
例えば「人間失格」。
ある女性が人生に絶望して橋から飛び降り、世を儚もうとする。しかしそこにとある男性が現われて「自分もここで今から死ぬ。お前が一緒に死んだら心中と思われてイヤだ。別日に死んでくれ」と言ってくるのだ。そこから四の五のと女性と男性のやり取りがあるのだが、結末には大どんでん返しが待っている。短編版「方舟」(夕木春央)だと私は思ってしまった(「方舟」を読んでいない人はぜひ読んでください。おったまげなラストが待ってるんで)。
確かに推理も探偵も登場しないけれど、これを私は「人間失格系ミステリ」というジャンルを作ってもいいじゃないかと思うぐらい気に入っている。
救いのない結末に懊悩するもよし、「こんなのアリ!?」と憤慨するもよし。私は作者の術中にハマって思わずニヤリとしてしまったけれど。

14編の中でおすすめの物語は?

  • 恐怖症(フォビア)召喚

  • クレイジーハニー

  • 人間失格

「人間失格」については上記の通り。

「恐怖症(フォビア)召喚」は、ある少女の目を見ると自分の中に秘めている恐怖症(例えば私の場合は「先端恐怖症」とか「海洋恐怖症」)が引き出され、感覚や視覚がその恐怖症によって支配されて気が狂ってしまうという物語。
それも怖いんだけど、その目を持つ少女を使ってヤクザがあくどいことをしようとして起こるその結末がいちばん恐ろしい。なんせ本書には救いがないので、こちらもまったく救いのない結末が待っている。けど、単純に少女の能力が面白いと思うのだ。
人に言わなきゃ自分の心に抱えている恐怖症なんて分からない。それを無理やり引き出され、感覚から何かまで支配されるなんて恐ろしいったらありゃしない。その設定がなんとも秀逸で読み応えがあった。

「クレイジーハニー」は、設定が完全にSF。宇宙船での慰安用ロボットが殺戮ロボットになってしまい、次々と宇宙船内で殺人を行っていくのだ。なんとなく、雰囲気が古典SFの「ソラリス」に似ている気がした。ハニーは「キューティーハニー」の歌を歌いながら見つけた人間を片っ端から殺していく。慰安用ロボットだから人間に恨みをつのらせて……という感じではまったくなく、やっぱりここでも理不尽な殺戮が繰り広げられる。理不尽なんだけど、そこにSFが加わることで「宇宙船」という自分たちではどうしようない場所設定がさらなる理不尽さを引き立てて私はグッときてしまった。
まあ、ハニー(慰安用ロボットの名前)の扱いが本当にひどいものだったから、殺戮マシーンになっても仕方がない節があるけどね。

まとめ

確実に読む人を選ぶ本ではある。インモラルだし、エグいし、グロいし。けれど、解説に書かれている通りこの本が読まれている世の中ということは日本はまだ平和だと私も思うのだ。
海外では様々な争い事は起きているし、国内でもくすぶっている問題はいくつもある。でも!でもだよ!
こういったあり得ないシチュエーションや背徳感を味わうことができる読書ができる日常を噛み締める、というのもこの本の醍醐味なのではないかな?と私は思うのです。

西桜はるう




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