見出し画像

【書評】汝、破ることなかれ『十戒』(夕木春央)

ひゃー、すごいもの読んじゃったよー。
というのが、読了してからいちばんの感想だった。
『方舟』という衝撃作を世に送り出した著者の次の一手は?
どんな切り口で読者を驚かせてくれるのだろう?
期待を込めて読んだ今作「十戒」はとんでもない怪作だった。

舞台は孤島。
その孤島を管理していた叔父が亡くなり、姪である里英(主人公)と、叔父の兄弟である父親と、その孤島をリゾート開発しようする関係者たちと、叔父の友人がやって来る。
孤島と言えば「クローズドサークル」。
ミステリの王道中の王道。
外部との連絡が断たれ、迎えが来るのは三日後とか。
しかし、今回のクローズドサークルは訳がちがう。
外部との連絡は絶たれていない。
迎えに船をすぐに来させてることができるし、なんならもうすぐ来てくれる。
しかし、島から出られるのは三日後。
それはなぜか?
島に大量の爆弾があり、なおかつ殺人事件が起きたからだ。
いや、これでは説明になってない。
殺人事件が起き、その犯人によって奇妙な決まり事ができてしまったからだ。

犯人が決めたルールは、
・島を出ることができるのは三日後
・殺人犯を推理したり、見つけようとしたりしてはいけない
というものだった(ほかにも都度細かなルールが追加される)。
怪しい行動を取れば、島に置いている大量の爆弾を爆発させ、島もろとも木っ端微塵にするという。
スマホの電波は本島へと十分に連絡できるほど快調だし、迎えの船だって手配済みだ。
でも島から出てはいけないという、極限のクローズドサークルに関係者たちは置かれる。
しかも、殺人はどんどん遂行され、戒律もどんどん足されていくのだ。

犯人の抜け目のなさ、計画の周到さ、自分の存在がいかに島にいる人の脅威になるかをしっかり理解している犯人。
しかも、島にいる人たちを追い詰めるためには、殺人だけはなく「爆弾」という大物も控えている。
この犯人は本当に頭が良く、人の動きも心理も完全に掌握していて、なおかつ行動も大胆。
ルールを作ったり、人の行動を制限することで自らも疑われるかもしれないリスクを取ってまで島に関係者を留めようする。
いったいその意図は何なのか?
考えれば考えるほど、犯人の行動の意味が分からない。
なぜ戒律を作ってまで犯人は島に関係者を留めるのか?

と、ここまでが「十戒」の大まかなあらすじと読みどころだ。
しかし、実は本書にはある秘密がある。
著者が「十戒」の前に出版したこれまた衝撃作の「方舟」。
完全な繋がりはないものの、「方舟」を読んでから「十戒」を読むと、すままじい衝撃を受けることになる。
特にラストの衝撃ときたら、雷に打たれたみたいだった。
「何を書いてもネタバレになってしまう」とは、よくミステリの感想で見る文言だけれど、これほどまでにネタバレを危惧するミステリが近年あっただろうか。
どうか何も情報を入れずにまず「方舟」を読んで、それから「十戒」を読んでほしい(「方舟」も特殊なクローズドサークルで、ミステリ好きのツボをついてくる憎い設定になっている)。
この戒律は守りましょう。

「十戒」も「方舟」も、かなり特殊な条件下のクローズドサークルになっており、その意外性は近年稀を見るものになっている。
読む人を選ぶ設定かもしれないけれど、読んでしまえば病みつきになるほどミステリ心をくすぐられる。絶対に後悔はしない。

さあ、「方舟」から手に取って!

西桜はるう








この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?