エベレスト8848M【小説】

〜この時、あの時、私の気持ち〜

風がいつもより強く感じた。いつもは、こんなことないのに・・・

僕の名前は横原信次、25歳の会社員だ。趣味は学生の頃からしている登山。

風は東の方向から吹き、僕は西に進んでいるので、後ろから背中を押されているようだ。そうして、今まで生きてきた。

朝、僕は目覚ましの音を不快に感じながら起きた。時刻は7時。僕は着替えて、家を出た。駅に着いて、満員電車に乗る。でも、僕は一度も社畜だと思ったことはない。

なぜかって?

会社には彼女がいるから。いわゆる社内恋愛と呼ばれるやつだ。入社した当時、一つ上の先輩である赤山美井に恋をした。告白をしてすぐに付き合い、今日で一年が経つ。時の流れは早いものだ。学生の頃は感じなかった早さを実感している。

会社に行くと彼女がいた。そばに行って、

「おはよう」

と声をかけた。そしたら、彼女は今日の夜に
バー「ダイヤモンド」で会いたいと言った。彼女は不機嫌そうだった。なぜ?と思いながら仕事をした。手につかなかった。

夜になった。僕は例のバーに向った。一歩進むごとに緊張する。まるで、登山のようだ。いつの間にか店のドアの前にいた。ドアを開けると彼女は奥の方に座っていた。彼女は席に座る間もなく

「別れましょ」

と切り出した。急すぎる。バーテンダーの手が一瞬止まった。僕は見逃さなかった。振られる理由が分からない。いつの間にか僕は泣いていた。ポツポツと垂れる涙を噛み締めながら男泣きをした。泣きながらバーを飛び出し、家に帰った。恥ずかしさと悲しさの葛藤の中で寝た。

次の日は日曜日だったので、新宿に向った。表通りを歩いていると、エベレストと書かれた看板を見つけた。一番好きな山なので、気になった僕は中に入ってみた。ひとりの男が座っていた。

「あなたは?」

失礼ながら聞いてみた。

「私の名前はエベ・レスト」

外国人?エベは続けて、

「職業は人生パートナー」

人生パートナー?どんな職業なんだ?僕は外国人の男に興味を持った。

「それは、どういう仕事ですか?」

エベは質問には答えなかった。

「失恋したね?」

と逆に聞いてきた。

「はい!」

図星だ。思わず返事をしてしまった。エベは目を細めて

「また、新しい相手を見つければ良いさ」

と励ましてくれた。別れは出会いの始まりと言うことかと納得した。

僕は夢を見ていたかのように家に帰った。住んでいる場所は東京の下町。アパートの二階に住んでいる。古いアパートだ。スーパーで買ってきたビールを飲んでいる時、

「横原さん!GO!GO!金融のものです!」

金融屋の催促の声が聞こえる。なぜこんなことになったかというと、お金に困っていたときに闇金から借金をしてしまった。時が経つにつれて利子が大きくなっていった。僕は布団をかぶってうずくまった。

どれほど時が経ったのだろうか?カーテンから光が差し込んでくる。会社に連絡をして、一週間の長期休暇を取ることにした。彼女に会いたくない気持ちもあった。登山をするために。場所はエベレスト。自信をつけるために、世界一の山に登ろうと決めた。

飛行機に載って現地に向かった。そして、山に登り始めた。何回か山に登った経験はあるが、海外の山は初めてだ。寒い、僕が想像しているよりもキツかった。それは人生のように。

僕は諦めない。人生山あり谷あり。そう思いながら雪に煽られては一歩一歩前に進んでいった。ここまできて諦められるか。

どれほど時間がかかったのだろうか?ようやく頂上が見えてきた。だが、手前で疲れて、その場で倒れた。意識が遠のいていった。

その時だった。細い手が視界に入った。

「大丈夫ですか?」

かすかに聞こえる。女性の声だ。ゆっくりと顔を上げると、きれいな女性が居た。これが新しい出会いだった。

「ありがとうございます」

温かいお茶を貰って、たわいのない話をした。彼女の名前は鹿岡さんと言った。

「連絡先、交換しませんか?」

と彼女の方から聞かれた。人生で三度目の恋が始まりそうだ。一度目は高校生のころ、二度目は会社で知り合った人、三度目は・・・

妄想を思い浮かべながら話を聞いていた。彼女の趣味は僕と同じ登山だった。登山をしていると強くなれるような気持ちになる。あれこれして、彼女と出会い一ヶ月が経った。二人は付き合うようになった。

ある日、転職した会社帰りに僕は夜の新宿を歩いていた。あちこちの看板が光っている。風はいつより暖かく感じました。すこし、歩くとシャッターの前で歌っている人が居た。

「今もまだ君が隣にいるようだ」

歌詞と自分に置かれている状況が自然に重なった。涙が出てきた。あの日と同じように。赤山さんを思い出した。忘れようとするほど忘れられない。光がにじみぼやける。暗くて誰も気づかないだろうな。夜の涙が風に飛ばされていく。生きていかないと。

〜作者からのメッセージ〜
タイトルからセンスが出るように。アイディアを引き出していく。珍しいタイトル。恋とエベレスト、一見違うように見えるが、絡めてみると面白くなる。シャッター前で歌っていたミュージシャンはフィクションだが、どこかの番組から参考にした。

植田晴人
自称エッセイスト。小説一本に線を絞ろうと考えている。書いた小説は15作以上。