南極大地【小説】

空から雪が降る。結晶が落ちてくる。まるで雨みたいに落ちてきて雪が積もって雪景色になる。草や木の緑がある大地がそれによって辺り一面が白い世界になる。自然というのは不思議で神秘的で魅力的だ。皆さんは、そんな冬の季節は好きだろうか?寒くて凍えそうな時でも生きていかないといけないと感じる。そのような人間の生存本能が夏よりも一層強くなる。僕はそんな冬が好きだ。

1,雪が降った

ここはどこだろう?寒さから目が覚めてしまった。地面は雪。どうやら雪の上で寝ていたようだ。大の字で寝ていて、目が覚めて最初に見たのは空から雪が降っている光景だった。白い結晶が空から落ちてくる。思わず避けてしまいそうになる。寝起きのせいか、体が上手く動かない。なんとかして体を起き上げた。それでも立つことは出来なくて座っている状態になっている。いわゆる体育座りだ。細めていた目をゆっくりと開く。瞳に写った景色は壮大なものだった。

辺り一面が白い世界になっている。これは雪が積もっているせいだ。周りは誰も居ない。声も聞こえない。リアルな孤独を感じる。まるで夢の中に居るようだ。時々見る夢は不思議なことが多い。このような夢も見ることもある。これは本当に現実なのだろうか?思わず頬をつねる。痛い、そして冷たいと感じる。寒さで手がやられたのだろう。手がしびれる。手が冷たくなっているせいで、つねった跡の頬が冷たい。手が動きにくい。寒さで感覚が鈍くなっている。

ここはどこだろう?さっきから体が寒いことよりも気になっている。寒くて雪地面が広がっている。そうか、ここは南極大陸なんだ。そうに違いない。でも、どうして南極になんか来ているのだろう。ここに来るまでの記憶を思い出してみた。しかし、記憶どころか自分の名前でさえも分からない。俺は誰だろう?職業は何だったけ?生い立ちは?考えれば考えるほど頭が痛くなる。これは半分記憶喪失になっているのではないか。それだけは分かった。

やっと体が起き上がり立つことが出来たので周りを歩いてみた。歩くと雪に足跡が付く。しかし、数分歩いて疲れたので、足跡を頼りに元の位置に戻った。そうすると地面に一つのカバンがあった。起き上がった時には気づかなかった。背負うタイプのカバンだ。これは誰の物だろうと普通は思うが、多分俺の物だろう。ここに俺しか居ないので勝手に自分の物だろうと思うことにした。記憶を取り戻すための最善策だ。躊躇してられない。雪に少し埋まっているので、雪を左右に省く。ところどころ付いている雪を払う。カバンのチャックを開ける。中を覗くと色々な物が入っていた。

・茶封筒
そこには現金2万円が入っていた。一万円札が二枚。新札のようだ。

・借金返済の通達
鈴道竜也様へと書かれている。俺の名前が分かった。どうやら25万円の借金をしているようだ。いや、ほんの一部の請求書かもしれない。少なくとも25万円以上は借金している。

・パチンコ玉が2個
多分俺はギャンブル好きなのだろう。さっきの請求書と繋がる。しかし、どうしてカバンの中に?
 
・お菓子
数個ある。ポテトチップス、ガムなど紙袋に入っている。

・一枚の写真
そこには家族らしい人が三人写っている。中年の男と同い年の妻らしき女性と中学生くらいの男の子。これは自分の家族写真だろうか?自分の顔が思い出せないし見ることも出来ない。だから確証はない。

・飲食店の割引券一枚
『さっぽろ二番』という飲食店の割引券。15%オフのラーメン割引券だ。見たことのあるような聞いたことのあるような店の名前だ。

・折りたたみナイフ
まだ新しい。よく切れそうなナイフだ。しかし、なぜナイフなんてあるんだろう?何のために?

カバンの中に入っていたのはこれだけだった。入っていた物から推測すると俺の名前は鈴道竜也でギャンブル好き。25万円以上の借金があって、同い年くらいの妻と中学生くらいの息子が居る。おそらく自分である写真を見る限り、俺は40代くらいだろうか。しかし、ここまでは思い出しそうな材料だったが、パチンコ玉、折りたたみナイフが入っている理由が分からない。現金や割引券、お菓子類はともかく、普通パチンコ玉や折りたたみナイフを入れるだろうか?

一番気になるのは飲食店の割引券だ。店名だけしか記されていないので店の場所が分からない。しかし、さっぽろって聞き覚えがあるな。地名だろうか?折りたたみナイフを握る。ナイフで地面の雪を切る。といっても雪に小さい溝が出来ただけだ。溝を見ていると昔のことが頭に過る。記憶が蘇りそうだ。

思い出した。子供の頃、友達と雪で遊んでいた記憶が蘇る。俺は雪のある場所で産まれた。子供の頃、雪だるまを作ったりスキーをしたりした。そうだ俺は札幌で生まれたんだ。飲食店の割引券を見て思い出した。そこはよく行く店だ。思い出してきたが、同時に思い出さなければよかった記憶も同時に蘇ってきた。


2,雪が積もった

「雪が積もっているね」

友達の木直が言った。思わず雪が降るのが止まらない空を見た。俺は鈴道竜也15歳。北海道の札幌市に産まれた。両親は農業を営んでいる。この広い大地に産まれて自然を感じる。緑豊かで、たくさんの生物が暮らしている。自然の空気を吸って風に消えていく。子供ながら、ここに産まれて良かったと親に感謝を覚える。感謝する日々だ。子供の頃は勉強もせずに友達と雪で遊んだりした。

あれから30年が経った。この30年で自分は変わってしまったと思う。家族持ちなのに朝からパチンコ。ギャンブル好きで酒が好き。妻からは叱られるし、中学生の息子からは馬鹿にされる。うちの息子の実樹は勉強が出来て、外の雪で遊ばない。遊んでいる暇があれば勉強したいそうだ。子供なのに親みたいな態度をしている。過去の自分とは大違いだ。

今日も仕事をせずに遊びに行く。辺りは冬で外に出ると地面が雪に覆われている。俺は昔から冬が好きだ。道民性もあるかもしれないが、雪に囲まれて幸せを感じる。足跡をつけながら歩く。向かう先はパチンコ屋。店に入ると壮大なBGMが聞こえる。背負っていたカバンを玉が出てくる近くに置いた。こうすれば盗まれにくい。準備が整ったのでパチンコ台を回す。カバンから持って来た茶封筒を出す。その中には5万円が入っている。吸い込まれるように一気に3万円も使ってしまった。

結局大当たりは出なかった。景品のお菓子を数個、カバンに入れてパチンコ屋を出た。これでは借金の返済の為に借金をしていると感じた。この負の連鎖から脱出したい。そのためには金が必要だ。銀行強盗でもしようかと思った。カバンには折りたたみナイフが入っている。もしものために入れている。自己防衛が働く。これを使えば・・・

腹が鳴った。そういえば昼飯を食って居なかった。カバンの中に『さっぽろ二番』の15%割引券が一枚入っている。残ったお金でラーメンを食べよう。この店はよく行く。前回行った時に貰った割引券だ。そう思って『さっぽろ二番』の店に行った。中に入ると客は誰も居なかった。店員にラーメンを注文する。愛想の悪い態度だった。数分して店員がラーメンを持って来たのはいいが、どんぶりの置き方が雑でテーブルに置いていた水が倒れて俺の服にかかかった。

その時、糸が切れたように怒りで溢れかえった。水がかかったというよりも借金の返済出来ないイライラを誰かにぶつけたくなったのが理由だ。そして、その店員を殴った。何発も何発も。まるでパンチングマーシンのように。しばらく殴ると、その店員は動かなくなった。殺してしまったのか?呆然と立ったまま思考停止した。他の店員が慌ただしく電話している。

ただ固まってしまって動くことが出来なかった。数分後、外からパトカーのサイレンが聞こえた。我に返って『逃げないと』と思った時、

「動くな!刑事の富山だ!」

と言いながらスーツを着た若手刑事が店に入って来た。警察手帳を見せている。咄嗟にその刑事を押し倒して店の外に出た。カバンを手に持って、ひたすらあるきにくい地面を走る。後ろを向くと、さっきの刑事が追い掛けて来ている。走る疲れで息をする頻度が早くなる。白い息が出る。ひたすら走って行った。逃げる場所は決めていない。数時間走った。後ろを見たが富山刑事の姿は無かった。途中で『この先、旭岳』と書いている看板を見た。それから数分後、疲れたので雪の地面に大の字で倒れた。カバンを雑に置く。凍えて、このまま死んでいくのかな。そっと目を閉じた。

3,雪が溶けた

現在に至るまでの流れが走馬灯のように蘇った。そうだ俺は逃走中の身だったんだ。そしてここは南極では無い。北海道の旭岳なんだ。知床まで逃げようか?いや、函館まで逃げよう。青森県に逃げれる方がいい。カバンの背負って雪の上を走る。しかし、走りにくい。思わず転びそうになってしまう。

数分走っていると前から人影が見えた。雪で誰だか分からない。目を凝らしてよく見る。見覚えのある顔だ。顔が見えた瞬間、心拍数が上がった。やばい!

ー富山刑事ー

「動くな!」

刑事の声から逃げるように反対に向かって走ろうとする。しかし、焦って雪に足が持っていかれる。思わず転んでしまった。顔に雪が付く。そこを富山刑事と制服を着た警官二名が体を押さえつける。たちまち俺は未動きが取れなくなった。

そして、捕まった。今、道警の取り調べ室に居る。取り調べ室の机の前には富山刑事が居る。後ろの机に制服警察官が一人。現実なのに、まるでドラマみたいだと思った。

「てっきり私は南極だと思っていました」

「そうか。記憶を半分無くしたんだったな」

「今は大丈夫です。店員さんはどうなりましたか?」

「お前が殴った店員は亡くなった」

「大変なことをしたと思っています」

「殺人罪及び公務執行妨害だ」

「私には妻も子供も居ます。私はこれからどうしたらいいんでしょうか?」

「刑務所行きだな。一昔前なら網走刑務所だったな」

富山刑事は冗談まみれに言った。本当に自分は何をしているのだろう。子供の頃にはこんな人生になるなんて思ってもいなかった。窓の外を見てみる。雪が降っている。まるで雪が溶けるように心が壊れていく。雪が溶けて水になる。そのまま熱に当たって蒸発したいと思った。そして、このまま消えたいとも思った。

〜作者からのメッセージ〜
この物語は雪によって構成されている。雪は降って、積もって、溶ける。それはまるで人間の人生絵図を描いているみたいだ。今回も伏線回収の話にした。カバンの中に入っているものが繋がっていくのは実に気持ちがいい。やっぱり小説を書くのは楽しい。この物語の中で自然について触れている。

自然とはなんだろうか?昔から自然破壊が叫ばれている。どうしても人間というものは思い通りに加工しようとする。その方が社会や人間生活にとって都合が良いからだ。確かに便利な社会を作っていくのに加工するのは大切だと思う。しかし、あれもこれも加工していけば真の自然が分からなくなる。それはプリクラも同じだ。自分が自分では無くなると同じで、自然は本当の自然を見失う。だから自然は少なからず残すべきだ。これは個人的感情なのだが、なんでも作られた自然よりもそのままの自然が好きだ。自然というものは美しいものである。生態系のありままの姿を表している。仮面を被った欲深い人間とは大違いである。ぜひとも自然の素晴らしさを体験して欲しい。だからこの話を書いた。自然が無くなって、自然の大切さに気付いたのでは遅すぎる。

植田晴人
偽名。今回は作者のメッセージ欄をしっかり書きました。


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