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Saint Valentin❤️ バレンタインデーだから読みたいフランス大物カップルの恋文

バレンタインデーに相応しい、フランスの大物2人のラブストーリーが詰まった、『異邦人』や『ペスト』で有名なノーベル賞作家のアルベール・カミュと女優マリア・カザレスとの『Correspondence (1944-1959)』往復書簡集を紹介。

スペイン出身で、20世紀を代表する悲劇女優マリア・カザレスについては、マルセル・カルネ監督の映画『天井桟敷の人々』(1945年)のナタリー役がもっとも有名かも知れない。

10年以上も交換された 865通のラブレターに、電報なども含めて1300ページにおよぶ書簡集は、単に恋文というだけでなく、当時の文芸・演劇・映画界の内実も凝縮されていて文学的価値は高い。

ピカソ、サルトル、ボーヴォワール、ジッド、ジュネ、プレヴェール、コクトー、カルネ、俳優のジェラール・フィリップ、ジャンルイ・バロー、ミシェル・ブーケ、イヴ・モンタンなどの、二人のまわりの時代の寵児たちの名前を目にするだけでため息が出る。


カミュの娘が編集

カミュと妻フランシーヌの間に生まれた娘、カトリーヌ・カミュが采配して2017年11月にガリマール社より出版された。

カトリーヌは、母親からカミュとガザレスの関係や他にも愛人がいることを聞いていた。1979年に母親が亡くなり、カトリーヌはガザレスに面会を申し出る。会うとたちまち2人は旧友のように、板チョコを齧りながら何時間もおしゃべりをしたそうだ。

序文の最後をカトリーヌ・カミュはこう結んでいる。
「彼らふたりに、ありがとう。手紙を読めば、ただふたりが存在したがゆえに、この地上はより広く、空間はよりきらめき、空気はより軽くなる」


2人の出会いから別れまで

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1944年3月、ナチス占領下のパリで、カミュ(当時30歳)、カザレス(21歳)は共通の友人(ミッシェル・レリス)宅で出会う。

演劇に情熱を注ぐ2人は、会ってすぐに愛し合うことになる。
カミュは、『誤解』のなかでカザレスをマルタ役に起用している。

カミュの故国アルジェリアのオランに疎開していた夫人がパリに戻ると、2人は愛人関係に終止符を打った。

だが、4年後2人はサンジェルマンデプレ通りで偶然に再会する。それから2人の関係は揺るぎないものとなり、芸術家であるお互いの一番の理解者となる。

カミュが書けなくなった時、友人だったサルトルから批判攻撃を受け孤独だった時も、太陽のようなガザレスの温かい励ましの手紙に支えられた。

ガザレスの瑞々しい文章は、決してカミュの手紙に引けをとらず同等であった。
2人はお互いの仕事や読んだ本の感想、演劇界、家族やそれぞれが旅する国や場所の話などを書いている。

もちろん愛し合う関係だからこそ、お互いを欲したり、愛を疑ったりもする。実際に2人は不条理を生きている。でも、その不条理を乗り越える前向きな言葉により支え合えた。だからカミュの死まで愛人関係は続いたのだ。

カミュが最後に書いた手紙は59年12月30日で、死去の5日前。

「(...) またすぐに会おう、最高の人よ。会えると思うとあまりにも嬉しくて、書きながら顔がニヤけてしまうよ。(…)  君の笑顔、僕たちの夜、僕の居場所をもう奪われることはない。君にキスを。火曜日に会うまでずっと君を抱きしめる。そして会ったらまた繰り返すんだ。」(直訳)

だが、2人は二度と会うことはなかった。
カミュはその4日後交通事故で亡くなる。カザレスは96年に74歳で死去した。


大物俳優によるオーデォブック

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私は去年から通勤の往復や朝の支度の時間に、Audible(オーディオブック)で2人の恋文を、大女優イザベル・アジャーニと知的でダンディな男優ランベール・ウィルソンの声で聴いている。なんて贅沢なオーディオブックなのだろう!

数ヶ月もカミュとガザレスの愛の囁き、落ち込み、励まし、嘆き、慰め、喜び、哀しみを聴いていると、彼らと共に時を過ごし、時代を生きた気分になれた。

弱さも強さももつ人間らしい2人の精一杯支え合った愛の物語。

「愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである」
カミュがカザレスに送ったサン=テグジュペリの言葉。


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2人の朗読劇がアヴィニョンで公演された時の写真 (2017年7月13日)



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