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文学という名の性的虐待 : 言葉を武器に反撃するロリータ

2020年1月に出版されたヴァネッサ・スプリンゴラの『同意』は、文学界に大きな動揺をもたらした。

著者ヴァネッサ・スプリンゴラ(48歳)が、著名な作家のG.(ガブリエル・マツネフ(83歳))に出会ったのは13歳の時だった。リベラルな母親に育てられ、時々会う父親からは愛情を感じられず、孤独な幼少期をおくっていた。そんなヴァネッサは文学だけが心のよりどころだった。

ある日、小さな出版社で働く母親に連れられて夕食会に参加する。その場に居合わせた流行作家のG.の熱い視線を受けたヴァネッサが、G.の愛人となるまでそれほど時間がかからなかった。50歳の有名作家の文学的な手紙攻撃や甘い言葉に、心を奪われない思春期の少女はいないだろう。しかも彼女にとってG.は、欠乏していた父親的存在でもあった。

14歳だったヴァネッサは登校拒否をするようになり、独学で勉強しながらG.と生活をおくるようになる。ある日ヴァネッサは、G.が他の若い女の子を連れている場面を目撃する。15歳になったヴァネッサは、G.が自分を特別に愛しているのではなく、思春期の少女に性的に惹かれているだけで、自分は彼の単なる文学の題材だと自覚するようになる。別れるにしても、自力でこの状態から抜け出すにはあまりにも若かった。

それからのヴァネッサの人生は鬱と精神衰弱の繰り返し。何人もの男性と出会ってセックスをしても性的快感を得られず、出会っては別れの繰り返しとなる。人形のように扱われた14歳の記憶と傷が彼女を苦しめ続ける。たとえ「性的な同意」があったにしても、少女の人生を破壊してしまったことには変わらない。彼女は、30数年かけて記憶を整理し、語彙を獲得し「文章」でかつて名を馳せた作家を「文学」という土俵で告発する。

芸術なら許された時代

マツネフは定期的にフィリピンへ買春旅行に出かけ、10〜12歳の男の子と性的関係を結ぶような自他ともに認める小児性愛者で、それを題材にした作品で知られる。今から見ると信じられないことだが、当時は文学や芸術なら、何をしても許される風潮があった。

1977年に、13〜14歳の未成年と性的関係を持ち(写真も撮った)3人の男性の禁固刑の減刑を求める嘆願書が、ル・モンド紙に公布された。嘆願書に署名をしたのはマツネフを筆頭に、当時の左派でインテリ・文化人であるジャン=ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、ジル・ドゥルーズ、ロラン・バルト、マルグリット・デュラス、ミッシェル・フーコーだ。
内容は、「子どもたちは何の暴力も受けておらず、性的関係に同意を示していたのにもかかわらず、こんなに長期の予防拘禁はスキャンダラスである」(p.63 )

マツネフは1990年、人気文学番組『アポストロフ』にも招待され、流行作家としてもてはやされる。ゲストで唯一、彼の行為を非難したカナダ人女性作家ボンバルディエは、当時の仏インテリ層から「性的快楽を知らない」など罵られた。当時の司会者ベルナール・ピボは、ツイッターで「文学がモラルを上回っていた時代だった」と自分を擁護しているかのようだ。

フランスは60年代に学生運動、70年代に性解放運動が盛んに行われ、その世代の人たちは自由、平等、セクシュアリティを求め、特に性的抑圧から解放された「禁止することを禁止する」、「自由第一主義」であった。
60年代真っ只中を生きた私の友人は、私から見たら年甲斐にもなく軽率と思える行為(若い女性を口説いたり)も、「私はMai 68(1968年5月革命)世代だから」と言って正当化してしまっていた。

性的同意年齢

性的同意年齢とは、性行為の同意能力があるとみなされる年齢の下限をさす。
フランスの性行為に同意する能力があるとする年齢の下限は、15歳と設定されている。したっがて、15歳未満の相手との性交渉は強姦とみなされる。

2020年から、性犯罪に関する刑法改正が求められている日本では、13歳の中学一年生から性行為に同意する能力があるとしている。この13歳という年齢は、G7(フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、カナダ、日本の7つの先進国のなかで最も低く、明治時代に制定された刑法から変更されていない。

客観的に見ても、日本の中学生と欧州の中学生を比べてると、肉体的・精神的において、欧州の中学生の方が成長が早い。そんな日本の少年少女が、暴行されてもそう簡単に抵抗しきれるとは限らない。加害者の大人を敵にまわし、13歳の子が具体的に事実を述べるのも難しい。

『同意』出版後の変化

本作が出版されてすぐに、マツネフ氏の日記を出版してきた歴史あるガリマール社を筆頭に、他4社が作家の書籍販売を中止した。
また、当時のフランク・リスター文化大臣は、マツネフ氏への8000ユーロほどの文学者手当を打ち切ることにした。著者は司法当局に訴え出てないが、パリ検察庁はマツネフ氏を、未成年者に対するレイプ罪の疑いで捜査を開始した。

本作出版後に、フランスのフィギュア界でも、未成年選手へのレイプ告発が相次いだ。フランスは、性行為の自由を禁じる余地を与えない国から、自由のために冒されている人権があることを考える時代と変わり始めている。



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