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悪意

悪意は、いつ生まれるのだろう。

人は誰しも、生まれた瞬間は無垢だ。母親の胎内で命を育まれ、この世界に産み落とされる。生きるための産声を上げ、肺呼吸を始め、そこから毎日自分の”生”を積み重ねていく。

ひと欠片の濁りもない赤子の瞳をじっと見つめていると、何とはなしに恐ろしくなる。自身のなかにある薄汚いものを見透かされているようで、つぶらな瞳の奥に映る自分の姿から思わず目を逸らしてしまう。


私が分かりやすい悪意にはっきりと触れたのは、小学2年生の頃だった。その当時から両親の暴力はあったが、この頃はまだそれが愛情からくるものだと信じたい年ごろだった。だからこのときに感じた悪意は、両親以外からのものだった。


同じクラスに、Sちゃんという女の子がいた。Sちゃんは私の記憶にある限り、常に誰かしらを攻撃していた。それも直接的ではなく、周りを使って陰湿なやり方で追い込むような子どもだった。そんな彼女の恐ろしさは、随分早いうちからみんなが気付いていた。誰も彼女に逆らわなかった。圧倒的で狡猾な意地悪をする彼女は、いつもゆったりと微笑んでいた。不満や怖れを顔に出しているところを見たことがなかった。その異常さに今なら気付けるけれど、当時の私には分からなかった。ただ、「彼女に近づいてはいけない」という本能的な警笛が、常に頭のなかで鳴り響いていた。私はその警告に素直に従った。辛い日常は家のなかだけでたくさんだった。彼女の地雷を踏むことで、学校生活までもが暗く淀んだものになるのは避けたかった。


ある日、同じクラスのKちゃんに声をかけられた。その子とは家も近く、わりとよく話す間柄だった。Kちゃんは戸惑った表情でこう言った。

「Sちゃんに”家に遊びに来て”って誘われて、断れなくて。今まで遊んだことないし話もあんまりしたことないのに、急に何でかな、って」

Kちゃんは、私と同じように勘の鋭い子だった。以前から、「Sちゃんって、なんか怖い」とよく呟いていた。

「用事があるって言ってみたら?」
「急に声かけられたからびっくりして…咄嗟に『うん』って言っちゃってさ。今更そんなこと言ったら嘘だってバレちゃいそうだし。でもなんか怖くて」

私はしばし考えて、「一緒に行く」と答えた。Sちゃんに「私も行きたい」と言うと、心良く了承してくれた。その返事があまりにもあっさりとしていて、まるではじめからそうなることが分かっていたかのようだった。相変わらず機嫌の良さそうな笑顔は崩れることなく、その容姿はとてもきれいだった。それなのに、私の本能は全力で逃げたがっていた。

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