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愛することと傷付けることは、セットにしてはいけない。

函館の冬は寒い。顔が凍みつくような風の冷たさに、地元の冬はまだまだ温かい方だったのだと思いながらマフラーを頬まで引き上げた。

初めて独り暮らしを始めたのは、生まれ育った東北よりも更に上の北の大地、北海道の函館市だった。海を挟むことで逃げたいものから逃げられるような気がした。私はあらゆることから逃げたかった。親からも、環境からも、自分という人間からも。その一心で海を渡り、ワンルームの狭いアパートの一室を借りた。

その部屋は確かに狭かったけれど、私はわりと気に入っていた。外がどんなに寒くても部屋のなかは温かかったし、お風呂とトイレも別だった。角部屋で隣が空き部屋だったので騒音に悩まされることもなく、一人で静かに過ごしたい私にはとてもありがたい環境だった。


誰かと深く関わるつもりは微塵もなかった。人間なんてろくなもんじゃない。一皮剥けばみんな同じだ。みんなにこにこしている裏側に、きっと真っ黒いものを隠している。親の皮を被った、彼らのように。

私は、両親に虐待されて育った。でも両親は、世間からの評判は悪くなかった。いつもにこにこして、地域の役員や行事の雑用を進んで引き受けていた。人前では私にも優しかった。家という密室の中で私を罵倒し、殴る蹴るを平気でしては「お前なんか要らなかった」と罵る。外の顔と中の顔は、同一人物とは思えなかった。

人には、裏の顔と表の顔がある。だから、もういい。ようやく逃げてきたのだから。ようやく自由になれたのだから。私は一生、誰とも深く関わらずに一人で生きていく。まだ10代だった私は、頑なにそう思っていた。大人なんて信用出来ない。人なんて信用出来ない。誰も信じないことで必死に自分を守ろうとした。狭いアパートの一室は、私の城になった。泣きたいときに泣く。ゆっくり風呂に入る。安心して眠る。そんな当たり前のことを、私はこの部屋で初めて叶えることが出来た。


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