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【金木犀~香りが運ぶ記憶と、未来につなげる言葉たち】

金木犀の香りが漂う秋空の下を、ひとりきりで歩くのがすきだ。誰とも話さず、誰の感情にも左右されず、己のみと向き合う時間。
金木犀の香りは、ある記憶と強く結びついている。数年前の今時期、私は強い決意を持って、自分の病名をカミングアウトした。それにより生まれるであろう数々の障壁、差別、偏見――あらゆる可能性を考慮した上で、それでも公にしようと決めたのは、「嘘をつきたくなかった」からだ。虐待被害の深刻さを訴えている私が、本当の病名を伏せる。それはなんだか、違う気がした。しかし、同時に底知れぬ恐怖も抱えていた。
明かせばきっと、多くの人は私と一線を置き、深く関わることを避けようとするだろう。得体の知れない生き物に向けるような眼差しで、奇異と嫌悪を隠さずに指差す人もいるだろう。そして何より、仕事をするにあたり絶対的に必要な「信頼」は、大きく損なわれるだろう。

考えれば考えるほど、恐怖で足がすくんだ。吐き気がするほど悩み、思考と感情は入り乱れ、何が正解かもわからなくなった。でも、そんなときにある人が言ってくれた。

「じゃあ、はるさんはゴレンジャーですね!」

私の病名は、解離性同一性障害、いわゆる多重人格である。度重なる父親からの性的虐待と、日常的だった母からの心理的虐待、身体的虐待が元で発症した。病名が判明した当時、私のなかには5人の人格がいた。その事実を打ち明けた際、友人がくれたのが上記の言葉だった。

当たり前のように受け入れてくれた。さらりと、なんでもないことのように。その一言には、疑念も恐れも偏見も含まれていなかった。その朗らかな声を聞いて、思った。
全員に受け入れてもらえずとも、こんなふうに言ってくれる、思ってくれる人がいるなら、それだけでいいじゃないか、と。そうして私は、病名をカミングアウトする決意をした。

当時、主治医は私に言った。「交代人格たちを、もっと信用してあげてください」と。「その人たちは、あなたを守るために生まれてきたのだ」と。時間はかかったものの、最終的に、私は医師の言葉を受け入れた。交代人格たちを「得体の知れない化け物」と恐れず、自分の「ガーディアン」であると捉えようと、そう決めた。

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