【月と夜とわたし】

 何だかざわざわする。内側の奥のほうが、ざわざわ、ざわざわ。それはあまり心地良い音じゃなくて、むしろ全身を何かが這っていくような不穏な響きで、そんな夜にふと見上げた空には、いつだってぽっかりと丸い大きな月が浮かんでいた。


 幼い頃、あまりに迫ってくるような満月を見て、涙を流して泣いた。

「こわい。あのおつきさま、こわい」

 隣にいた祖母はそんな私に、「怖いことない、ただの月だ」と素っ気なく言った。あまりに平気そうに言うものだから、私も何となく平気なような気になって、でもやっぱり怖くて、なるべく月を見ないように古い引き戸の玄関へと急いだ。

 玄関の隅で赤いナナホシテントウが数匹固まっていて、死んでいるのかと思ったら僅かに足が動いていて、あぁ、生きているんだなと安心した。しかし祖母は一切の躊躇いもなく、そのナナホシテントウを箒でざっと掃いた。ほのかに温かな玄関から急に寒い外に放り出されたナナホシテントウたちは、慌てて足をバタバタさせて薄闇の空と霜で湿った土の上にそれぞれ帰っていった。

「おそとはさむいんじゃない?」

 祖母の割烹着の裾を掴んでそう言ってみたが、返事はなかった。玄関のガラス戸から漏れる光に月の気配を感じ、その恐ろしさに慌てて居間に上がり込んだ。手も洗わずに炬燵に足を入れる。かじかんでいた足先がじんわりと温もり、微かな痛みを伴って血が巡っていくのを感じた。私はあっという間に、ナナホシテントウのことを忘れた。


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