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家族を守るためにサガインの村に戻る

「やつらは空からやってきた。空から爆弾が降ってくるんで、村のみんなは逃げるしかない。PDF(人民防衛隊)も逃げるしかない。そして、その直後に30人くらいの先遣隊が村に入ってくる。彼らは村にPDFがいないか確認した後、100〜200人の本隊がやってくる。無人の村でやつらはやりたい放題なんだ」

村は解放区となった

ネーリン(仮名)はヤンゴンのある会社で事務職として働いている20代の青年だ。会社に入って数年になるが、ちょっと前まで両親と兄弟が住む村に帰っていた。サガイン地方にある彼の村の周辺には、去年の10月から軍が侵入するようになっていた。それを聞いた彼は心配になり、しばらく村に帰っていたのだ。

彼が村に戻った頃には、村の周辺一帯にいた軍は全て撤退し、村も平和が戻ってきた。彼の村の近くの町には警察署も政府の行政機関もあったが、軍の撤退とともに警察官や政府の役人はいなくなってしまった。いるのは、CDM(国民的不服従運動)で職場を離脱した一部の警察官や役人だけだった。

軍が撤退すると、彼の村や近くの町では住民が自分たちで自治を行う一種の解放区のようになった。ヤンゴンでもデモが盛んだった去年の2月から3月にかけて、一部の地域では住民による自治が行われていた。住民を攻撃する軍から自らを守る必要があったし、警察も役所も機能していなかったためだ。短い期間とはいえ、防衛部門(自警団)、医療部門、財政部門などを揃えたかなり本格的は自治だった。

ネーリンは村が平和になったのを確認し、またヤンゴンに戻ってきた。会社では仕事が待っていたし、彼が働かないと弟や妹が大学で学ぶことができないからだ。

彼は以前から口数はそれほど多くないが、明るい青年だった。会社でも積極的に同僚と話の輪に加わった。元々は政治や社会問題にそれほど興味があったわけではなく、スマホやゲームが好きな日本にもよくいる普通の青年だった。しかし、2021年2月1日の軍によるクーデターで全てが変わってしまった。

独立自尊の気風

彼の村があるサガイン地方はマンダレーの北部にあり、北はカチン州に接している。昔から独立自尊の気風が濃い地方だった。王朝時代には勇猛な戦士が生まれたところでもある。

クーデター後、カレン、カヤー、カチン、チンなど少数民族の地域では早くから軍と武力衝突が始まった。それらの地域では昔からKNUやKIAなどの民族軍が政府軍と戦っていたので、戦いには慣れていた。しかし、サガインでは民族軍もなくビルマ人(族)が多い地域なのに同じくビルマ人が主体の軍と激しい衝突が起こった。

元々、彼が住んでいる地域では軍を支持する人たちは非常に少なかった。一昨年の選挙でも、軍の傀儡政党であるUSDPに投票したのは1%くらいではないかと彼は言う。一般のビルマ人(族)では、家族や親戚の中に軍人がいる人が多い。しかし、彼の地方では軍に入る人が昔から少なかったので、家族や親戚に軍人がいる人は少数派なのだ。

彼の村の周辺には数十の村があるのだが、ほとんどの村にPDFがいるという。多くは20代前半の若者たちだ。また、カチン州の民族軍であるKIA(カチン独立軍)の兵士も友軍としてやってきている。彼らPDFやKIAのメンバーは村人から食糧などの支援を受けている。

軍が村人を殺す理由

少数民族軍との戦いが長かった軍にとって、PDFとの戦いは今まで経験したことがなかった戦いだ。ビルマ人(族)が多数を占める地方を含めて、多くの若者たちが武装蜂起したのだ。彼らは貧弱な武器しかなく経験も乏しかった。それに比較して圧倒的な兵力を持つ軍は、PDFをすぐに制圧すると当初は思われていたし、私もそう思っていた。しかし、違った。

侵入してくる軍に対して、PDFは地の利を生かした待ち伏せ攻撃で軍に多大な損害を与えた。また、自分たちの家族や友を守るために自ら死地に飛び込んで戦うPDFに対して軍は明らかに士気が低かった。PDFの攻撃に遭うと兵士はすぐに逃げるのだ。兵士たちは軍内部での洗脳で軍の正当性を信じていたが、戦いの現実を経験して真実を知った者も多かった。

地上戦でPDFや民族軍の攻撃に耐えられなくなった軍は、空からの攻撃と大砲などの重火器を使用するようになった。今や、これらの支援がないと地上では戦えない軍となってしまった。

そして、軍はこれまで少数民族の地域で行ってきた戦略を全ての地域で実行するようになった。PDFの勢力が強い地域の村や町を襲い、徹底的に住民を叩くのだ。PDFの味方をすると殺すぞと脅し、実際に多くの無抵抗の住民を虐殺している。こうして、軍は恐怖でもってPDFと住民を分断しようとした。これは昔から少数民族地域で軍が行ってきた "Four Cuts" と呼ばれる分断戦略である。しかし、軍が住民を攻撃すればするほど軍への憎悪が高まった。より多くの若者たちが武器を取るようになり、住民もより積極的に彼らを助けるようになった。

空からやってきた

軍が撤退し平和が戻ってきたネーリンの村だったが、12月になってきな臭くなってきた。一度撤退した軍がまたやってきたのだ。それも今度は空からヘリコプターで兵士を運んできたのだ。前はトラックに乗ってきていたのだが、多くのトラックがPDFによって爆破されて多数の兵士が死んだ。それで、兵士も物資も空輸するようになった。補給の食料も空からやってくるという。

そして、冒頭に書いたように空からの支援で軍が村に侵入するようになった。彼らは村に入ると金目のものは全て持ち去るという。また、豚や鶏などの家畜も彼らの胃袋の中に入っていく。そして、家々を燃やしていく。もはや軍隊ではない、盗賊だ。ただ、これはある意味 "Four Cuts" 戦略を忠実に実行しているとも言える。

軍はネーリンの村の近くの村までやってきている。いつ彼の村にも来るかわからない。軍が来ると村人は逃げるしかない。逃げ遅れて軍に見つかると殺されてしまう。他の地方では集団で焼き殺された事件も報告されている。

心ははるか遠くに

今はヤンゴンで仕事をしているネーリンだが、心はヤンゴンにはなかった。田舎の家族や友のことが片時も頭から離れない。ヤンゴンで自分だけが安全に暮らしているのが申し訳ない、すぐにでも村に帰りたかった。しかし、今は村に帰るのは非常に難しい。途中で軍に捕まったり殺される可能性が高いのだ。

ただ、軍はいつまでも同じ場所に駐留しているわけではない。今の兵力では、一度にミャンマー全土に軍を展開することはできない。ある地方を点で抑えたとしても、別の地方を制圧するために軍は移動しなければいけない。ネーリンの村の周辺にいる軍も、近いうちに撤退する可能性が高い。とはいえ、彼の村は今はまだ危険な状態だ。

私は彼に聞いた。村に戻ったらPDFとして軍と戦うのかと。しばらくの沈黙の後、戦うかもしれないと答えた。彼の気持ちは揺れ動いているようだった。ただひとつ確かなことは、彼の心はもはやヤンゴンにはなかった。はるか北のサガインの村に向かっていた。

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