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魔法の手

私は本物の魔法使いを知っている。

今まで、それっぽい人に出会っては、細かいところに目をつぶって「まあこんなものかな」と納得したり、最悪の場合、そのインチキ具合にがっかりしたりしてきた。

何より、そもそも魔法使いなんてこの世にいるはずがないんだし、しかたがないか…と半ば諦めていたのだ。

彼と出会うまでは。

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その魔法使いの彼は、都内のとある美容室で店長をしている。

引っ越しを機に、私は新しい美容室をネットで探していた。たまたま目に留まった彼のお店は、こぢんまりとしていて居心地のよさそうなインテリアで統一されていて、雰囲気のよさが写真から伝わってきた。いい口コミも悪い口コミも読み、総合的に大丈夫そうだと判断して、そこへ行ってみることにした。

予約当日、ドキドキしながらお店のドアを開ける。

「よろしくお願いしますー」と、素が透けて見えるような適度なテンションと適度な営業スマイルで彼は声をかけてきた。まだ髪に触れられてもいないのに、そのときの雰囲気だけで、私は彼を97%信頼してしまった。

これまで、最初に会ったときの信頼度が20%の美容師さんもいたし、50%の人もいたし、75%の人もいた。最初から90%を超える人はめったにいない。

彼への信頼感から、まるで何年も通っているお店かのような錯覚すら覚えつつ、ほかのお店でもそうしてきたように、「少し長さを切って、あと軽くしたいんです」とだけ伝えた。

彼は私の髪を触りながら、和やかにてきぱきといくつかの確認をし、こちらからの質問を受けて分かりやすい説明と的確な提案をしてくれた。カラーに関しても「そんなに明るくならない感じで」という曖昧すぎる私のオーダーをくみ取って、とてもいい感じの提案をしてくれた。

言葉数が少ない私みたいなお客さんは、さぞかしやりづらいだろうな…と申し訳なく思いつつ、初回にしてほぼお任せのような感じでカウンセリングは終了した。

カットが始まると、彼は迷いなく切っていく。しゃべりすぎず、無口すぎず、こちらも気ままに雑誌に目を落としたり、少し口を開いたり。すごく快適な時間だった。

出来上がって鏡を見ると、後ろも横も前髪も、過去最高にいい感じだった。そうして、彼への信頼度は120%に上昇した。

それからもう何度も、彼に髪を切ってもらっている。

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私の髪は少しだけクセがあって、以前通っていた美容室では「少し難しい」髪質だと言われていた。「あまり短くしすぎたり、経験が浅い人が切ると、はねたりまとまらなくなる」と。

相対的に信頼していた美容師さんに言われたので、私はその言葉を疑うことなく信じた。実際、少し短くしすぎて失敗したなあと思った経験もあったから、やっぱりそうなのか、と納得した。

でも、魔法使いの彼はそういうことはひと言も言わずに、事も無げにさらりと切ってくれる。そして本当に魔法みたいに、クセがあるはずの私の髪が、何もつけなくてもスッときれいにまとまるのだ。

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そんな彼のお店に通い始めて2年がたち、先日、初めて耳を出すスタイルのショートカットに挑戦した。「挑戦」と言いたくなるくらい、それは私にとって大きな出来事だった。

私はショート歴はもうずいぶん長いけど、サイドはあごくらいまで残すことがほとんどだった。心の奥底では耳だしショートに挑戦してみたい気持ちもあったけど、昔言われた「短くしすぎると…」という言葉が呪縛のようにずっと引っかかっていて、オーダーする時にはついつい、「いつもぐらいの長さで」と言ってしまっていたのだ。

仕事が忙しくてなかなか髪を切りに行けなかったので、その日は「短くしたい欲」がいつになく高まっていた。やっと切れるという開放感から勢いでいける気がして、彼に相談してみようと思いながらお店のドアを開けた。

今日はどうしますか?といつものように和やかに聞かれ、今までより短くしたい旨を伝える。イメージを聞かれたので、手元にあった雑誌の中からいいなと思う髪形を指しつつ、不安な気持ちをやんわりと告げた。

「短くしすぎるとまとまらなくなる、と言われたことがあるんですけど、ここまで切らないほうがいいですかね…?」と聞くと、予想外の答えが返ってきた。

「全然そんなことないですよ!いけます!というか、むしろすごく似合うと思います」と即答してくれたのだ。「サイドを切るのって結構勇気が要るけど、絶対いいと思います」と、こちらの気持ちに寄り添いながら背中を押してくれた。

結果は、初めての髪形なのに少しも違和感がなく、大満足の仕上がりだった。今までこの髪形にしてこなかったことが悔やまれるくらいしっくりきて、晴れやかな気分になった。彼もニコニコしながら、「実は前からサイドも切ってみたいと思っていたから、切らせてくれてうれしい」と話してくれた。

私と同じくらいかそれ以上に満足そうな彼を見て、改めてすごい魔法使いに出会ってしまったなと思った。

彼はいつもその手で、私の髪に魔法をかけてくれる。照れくさいので絶対に面と向かっては言えないけれど、いつも本気でそう思いながらお店をあとにする。

また来月、本物の魔法使いに会いに行こう。

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