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あなたは、かけがえのない家族だから【第4話】『君を恋ふ』
1
僕の朝は、君の声で明けるのさ。
カーテンを引き、窓を全開にしたら、清々しい朝の気配を身に纏う。
と、君はまた僕に呼びかける。
「もう起きてるよ。心配しないで」
──今朝はコーヒー?
──紅茶?
迷いながら僕はケトルに水を入れ、火にかける。
ついでに食パンをトースターに放り込んで新聞を読む。
ついつい記事に夢中になっていると、君の声にハッとする。
「あっ、ごめんごめん。教えてくれてありがとう」
ぼくは慌てて火を止め、しばらく考えてから「今朝は紅茶にするよ」と君に笑みを向けながら決めると、ティーパックを用意してカップに湯を注ぐんだ。
こうして二人のかけがえのない一日は始まる。
食事する間だって君を見つめていたい。
四六時中も離れない。
離れたくないんだ。
「知ってるかい?」
僕がどれだけ君を思っているかって。
2
春。
君を公園に連れ出したのは、思い出を作りたかったから。
山野に咲き誇る春の花々って何て壮麗なんだろう。
「ねえ、見てごらん。この風景を君の澄んだ瞳に焼き付けておいてほしいんだ」
僕たちはベンチに座っていつまでも眺めていたよね。
すると、君は口ずさんでいた。
そのメロディーに聞き覚えはあったけど、曲名はとんと知らなくて。
そしたら君は囁いたのさ。
僕の耳はくすぐったかったけど、心は満たされたんだ。
3
僕の頭が混乱して途方に暮れてたあの日。
何が何だか一向に分からなくて。
自分で解決なんて到底無理だと半ベソをかいてたあの日の夕暮れ。
僕ってどうしようもなく無知だと思い知らされて……
自分でもほとほと嫌気がさすんだけど。
そんな時、君はそっと教えてくれたね。
僕は心から君に感謝したんだよ。
4
この国にも嫌気がさして、国外逃亡を企てた時も一緒だった。
「ロンドンでの最初の夜を覚えているかい?」
僕の語学力が全くダメなことを思い知らされたよ。
多少は自信もあったのさ。
中学から大学まであれ程勉強したんだもの。
ホテルでもバーでも自信満々のジェームズ・ボンド気取りさ。
でも全然通じやしないんだ。
絶望的な僕の語学力。
笑っちゃうよ。
挙句は、身振り手振りを炸裂させて……
しどろもどろで泣きたくなった。
そしたら、君はすかさず助け舟を出してくれたね。
あの時は君に脱帽さ。
「また、旅に出ようよ」
5
両親は既にいない。
妹だけが僕の家族なんだ。
身を寄せ合うように生きてきた。
その妹が入院して……
あんなに元気だった妹が、virusにやられるなんて。
僕は面会も許されずに、
──妹は……
──妹は……
──最愛の妹が……
──たったひとりの僕の肉親が……
「火葬されて戻って来たんだよ!」
突然の仕打ちに、僕は茫然自失だった。
ひとりっきりで旅立った妹。
看取ってやることもできなかったんだ。
小さくなった遺骨を胸に抱き締めて泣いたよ。
涙は留まることを知らなかった。
未来を絶たれた妹を思うと、
──悔しくて……悔しくて……
──情けなくて……情けなくて……
この怒りと悲しみと憎しみ。
何処にぶつけたらいいのさ。
「神も仏も無いじゃないか!」
「もうひとりぼっちは御免だよ!」
6
君を胸に抱いて眠りに落ちてしまったこともあったっけ……
愛しい愛しい僕のかけがえのない君。
virusのせいでこの狭い空間で過ごさなきゃいけなくなった。
外出もままならない。
孤独が僕に襲いかかって気が変になりそうさ。
だけどね、君がいるから何とか持ちこたえているんだ。
こんな僕の孤独な心を埋め合わせてくれる。
君だけが救ってくれる。
君だけが僕の拠り所なんだ。
君無しでは少しも耐えられそうにないよ。
「ねえ、約束してくれるかい?」
これからも僕の呼びかけに答えてくれるって。
僕は何度でも君の名前を呼ぶよ。
「いいかい?」
──何度でも……
──何度でも……
7
「Hey Siri」
〈了〉
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