「笑いのカイブツ」ツチヤタカユキ 感想

※初めに
この後に続くものは、文庫版「笑いのカイブツ」を読んだ際の個人的な感想になります。映画版は未見です。
ネタバレも多々ありますので、ご注意ください。
それではどうぞ。


ジンセイを笑いの神に捧げた男

まず『ツチヤタカユキ』という名前を知っているかどうか、である。

自分はハガキ職人(今はメール職人というべきか?)としての彼を、今作を読む前から知っていた。とはいえ、それこそそれはラジオを通してだけのものであり、それ以上でもそれ以下でもない。
ネタが面白いなと思ったし、番組のパーソナリティーである芸人さんもしきりに取り上げイジッていた人だ。面白ければ自然と名前は覚える。そして、そういう人たちは業界に引き上げられ活躍していくのが、構成作家の言わば王道コースだった。そうなる人だと思っていた。

そんな超有名ハガキ職人であるツチヤタカユキの自伝、というか日記、エッセイとなるが……呼ぶにはどれも少しピンとこない。この本はおそらく「うめき」である。そう感じる。

まずケータイ大喜利で有名になることを目指したツチヤ青年は、見事にそれを果たす。しかし、その過程で何かにとりつかれてしまったのだという。
それこそが表題の「笑いのカイブツ」である。
寝食を忘れるどころではない。生きることそのものを笑いに捧げ尽くし、四六時中ボケを考え続ける。もう傍から見たら通報および入院案件の危険な状態である。
修行する僧侶のようにストイックにファナティックに。
笑いだけが彼の血であり、彼を生かす原動力となった。それはお笑いをやるものとして理想的な状態に一見、見える。
しかし、時系列が前後する構成になっているのだが、そのどの時点でも彼はひどく絶望している。

優しいコイビトとの分岐点

個人的に刺さったのはツチヤの彼女「アナタ」との話である。
自暴自棄になりかけていたツチヤに「おどおどしてる感じがすごくかわいい」と言ってくれる女性が奇跡のように現れた。
漫画のような展開で二人は付き合うこととなり、悩んでいた初体験も済ませ、初めての愛情にツチヤは満たされていくのだが……結果は読んでの通りだ。
そらそうなるだろという感じなのだが、かなりやりきれない。
読んでいて、この章が一番辛かったかもしれない。
誰も悪くない、というわけじゃない。はっきりとツチヤが悪い。最悪だ。
物騒なカイブツをなだめることができず、それに彼女を巻き込んだ。身勝手だし理性のかけらも感じない。
しかし、わかる。
自分も恋愛経験が彼と同じくらいしかない。だから、たぶん、すこしわかる。気がする。だけかもしれないけど。
決して吐き出してしまうことを是としているわけではない。それだけの知性は彼にあった。でも、受け入れてほしいのだ、そのままの自分を。カイブツを、カイブツの言っている「正義」をわかってほしくて。なんでわからないんだ、君は僕のたった一人のヒトなのに。なんでや。こいつらなんて全然面白くないねん。正義やないねん。卑怯者の集まりや。わかってくれ、と。

良くないことだ。とても良くない。もっとうまいやり方が絶対にある。
でも、それは、それだけツチヤが彼女を愛していたからだろうと思う。一つになりたかったのだ。彼は。絶望を彼女と分け合いたかったのだ。

あなたは終わってなんかない、私は幸せだったと優しい彼女は言ってくれる。本当に素敵な人だ。それだけが救いである。
少しうらやましかった。
結果は最悪でもこのような人に私も出会ってみたかった。その意味でも強く胸を締め付けられた。

カイブツはすぐそばにいる

「あれ、でもお笑いやってる人って笑いができるだけで皆楽しいって言うじゃん」「有名になれたんなら一応成功じゃん、よかったね」と言われるかもしれない。
実際、自分も本作を読む前はそのような展開を予想していた。
どれだけ辛いことがあっても、ささやかにでも報われる日が来るのだと。
とんでもない。
ダメなのだ。それでは、それだけではダメなのだ。この本を読むとそれがよくわかる。痛いほどに。苦しくて呼吸が止まるほどに。死にそうなほどに。

ツチヤ青年は笑いを突き詰めながら様々なものを切り捨てていくことになる。コミュニケーション能力であったり、頭髪、生活そのもの、健康、お金、恋人、家族……およそ幸せとは言えない状態になり果てていく。しかし、彼は最終章で「もう一度人生をやり直すことになっても、この笑いに狂った人生を選ぶ」としっかり書いているのだ。
恐怖である。
怖い。怖すぎる。
しかし、輝いている。彼の人生は、確かに。どぶの中でこぶしを突き上げ笑っている。綺麗な空を見上げながら。わらっている。

無口なカイブツと対峙したイイ大人になってしまったツチヤタカユキは、その手を引いてあげる。
優しくたくさんボケてあげる。あの日のように。
無心でネタを書き上げた職人時代、人間関係が辛く逃げ出した作家時代、最後だと言い聞かせた渾身のネタライブ……
そう。彼はカイブツをいつだって呪ってはいなかった。彼は愛していたのだ、ずっと、カイブツを。

それが分かった時、すうっと気持ちが落ちついて、哀れみだとか悲しみだとかがなくなった。残ったのは、少しの憧れである。

バーテン時代の友人ピンクが言っていたように。「うらやましい」と。そう感じた。
何かに狂う事と愛する事に憧れている。


ここまで読んでいただきありがとうございました。
つたない文章ですが、少しでも何か共有できていたりするとうれしいです。










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