怒りがない=自分を大事にしてない論
お久しぶりです!
東大卒ディレクターのさほひめです🌸
今日は、
「怒りがない=自分を大事にしてない論」という
持論っていうか、仮説を展開したいと思います~🔥
◆"軽薄"と思われる人
先週、
武道でいつも一緒に帰る先輩と帰り道に話していて、
ぽろっと酔った勢いで
私がその人に失礼な発言をしてしまったんですよね。。。!
「先輩は、武道が自分の人生のすべてとかいいながら、
日常生活と武道が乖離してます!」
的なことをもう少しマイルドに言ってしまった…
それで、モヤモヤしたので
追って昨日そのことについて謝ったら
本当に何に対して謝られたかわかっておらず、
「そんなことか~」とヘラヘラしてました…
前から、
なんか薄っぺらい軽薄な人やな~とは思ってたんですが、
その出来事から気づいたことが多かったので書きます。。。!
軽薄と言われる人は軽薄と言われるゆえんがあるんやと思いました…
◆人の失礼な態度がわからない
この人の場合、
怒らないというか怒れないといったほうがいいかもですが、
人が自分に対して失礼か否かを
わかってない可能性が高いなあって思いました。
なんで失礼な態度がわからないかっていうと、
いろんな要素があるとは思いますが、
自分が自分に本気で向き合ってないからではないんかなあと
私は思います。
自分が自分に対して一番シビアに突っ込んでいれば、
自分の考えがはっきりする。
譲れやん部分とか大事にしとるものが
はっきりする。
→やからこそ、相手がそれに対してどういうレベルで
発言をしてきているのかがわかるのかなあと。
◆人の失礼な態度に感情がわいてこない
で、なんとなく「失礼な奴やな」と自分でわかったとして、
怒りなり、何かしらの感情がわいてこないというのは
どういうことか。
これって、
自分のことを本当に大事にしてないんちゃうかなって思います。
あるいは、自分の気持ちとか意志と行動や発言が一致してないか。
まだ、論理的にその理由は説明できるまで考え切れてないんですが、
たぶんそうなんちゃうかなという仮説。
自分の嫌なこととか、守りたいこととか、
スジみたいなのがはっきりするから、
人に怒りとか、感情がわいてくる。
自分を大事にするから、
人のことを大事って思える。
なんか取り留めない文章になっちゃいましたが、
そんな気がするなああ。。。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?