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樹木図鑑 vol.15 ダケカンバ お着替えはなるべく上品に!

学名  Betula ermanii
カバノキ科カバノキ属
落葉広葉樹

分布  北海道、本州(奈良県以北)、四国、千島、北東アジア
樹高  20メートル
漢字表記  岳樺
別名  ソウシカンバ
英名  Erman’s Birch 


カバノキ科樹種の中で一番有名なヤツと言ったら、シラカバでしょう。あいつの幹はとにかく美しく、そのおかげで人間にやたらチヤホヤされている。シラカバの姿は北海道で売られるポストカードに頻繁に登場するし、長野では彼の名前を冠したお菓子も売られている。もはやタレント樹種です。
シラカバの存在は、まさしく雪国の象徴と言えるでしょう。

青森に引っ越してくるときも、ぼくはシラカバとの出会いを楽しみにしていました。青森なんて、ザ・雪国の土地。シラカバのテリトリーのど真ん中ではないか。きっと原野の至る所に見事なシラカバの群落が形成されていて、あの美しい幹を思う存分堪能できるんだろうなあ………

この期待は、ものの見事に打ち砕かれました。
青森には、どういうわけか全くと言って良いほどシラカバが生えていないのです(※1)。いかにもシラカバが好きそうな、日当たりのいい荒地に行ってみても、オニグルミやドロノキしかいらっしゃらない。オニグルミは葉っぱがボテボテしていてちょっと不恰好だし、ドロノキは臭いし。両樹種とも、シラカバの持つ品格の高さにはとてもかないません。う〜む、北国に行けば自動的にシラカバと出会えると思った僕が浅はかだった。期待が外れてちょっと残念……

しかしその後、この欲求不満を解消どころか満ち満ちの充実感にまで引き上げてくれた樹種が現れたのです。それが、今回ご紹介するダケカンバ。シラカバの親戚で、シラカバと同じくらい魅力的な樹種です。森の中で彼らの美貌を拝見させていただくうちに、こう思うようになりました。

「カバノキ科樹種の中で、シラカバだけがチヤホヤされる理由はいったいなんだ。『白樺の大地』というお菓子はあっても、『岳樺の大地』というお菓子はないじゃないか。ダケカンバだって、シラカバに負けず劣らず良い樹なのに、世間からの人気はシラカバが独り占めしてるじゃないか……‼︎」

そもそもシラカバは、青森に来た僕に挨拶さえしてくれませんでした。シラカバよ、北国を象徴する樹なんだから、本州最北の県に引っ越した者を歓迎するのは君の役目じゃないのかい?なんで青森に分布してないんだよ‼︎(逆恨みだろ、と言われたら何も言い返せません…)
シラカバに対する不満と寂しさを心に溜めた僕を、ダケカンバは温かく迎え入れてくれたのです。

ダケカンバよ、青森に分布してくれてありがとう。八甲田の森の中で、大木に育った君たちの姿を見たとき「自分は北国の森にいるんだあ」という喜びを体感できたよ。
今回はその恩義に報いるべく、ダケカンバの魅力を徹底的に世間に知らしめるぞ。

お色気ムンムン樹皮

ダケカンバは、カバノキ類の中では最も標高が高いエリアに分布する樹種で、青森県だと八甲田の中腹を縄張りにしています。生育地が亜高山帯針葉樹林と被るため、オオシラビソと仲良く同居する姿をよく見かけます。

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↑ダケカンバはこんな感じの樹です。2021年7月15日 青森県青森市

ダケカンバは樹木図鑑でもよく見かける樹なので、関西に住んでいる時からその存在は知っていました。しかし、関西にはダケカンバはほとんど分布しておらず、彼とは図鑑の中でしか会えなかったのです。そのためか、僕にとってダケカンバはまさしく「未知の樹」でした。

しかし、寒冷な青森の山にはダケカンバが大勢住んでらっしゃる。青森に引っ越した後は、ダケカンバとお会いする機会に恵まれました。

彼と最初に出会ったのは、今年の6月のこと。
八甲田東麓に広がる田代平高原の森で、とってもクリーミーな色合いの幹が何本も林立するのを見かけました。

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うっわ何じゃこりゃ。綺麗な肌色を眩しいほどに輝かせる姿は、樹木の幹というよりも大理石に見えます。ドモホルンリンクルでも飲んだのかと思うぐらいの清らかなスベスベお肌。思わずナデナデしてしまいました。ダケカンバの樹皮ってこんなに美しかったのね………

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比較のために見ていただきたいのですが、上の写真は僕をフったシラカバ。幹の表面には無数の小さなぶつぶつがついています(※2)。お肌にデキモノが一切ないダケカンバの幹とは対照的です。

個人的には、すべすべクリーム色お肌のダケカンバのほうが、ブツブツが多いシラカバよりも色気があると思います。ダケカンバの幹は抱きつきたくなりますが、シラカバの幹は眺めるだけでいいかな……
「色っぽさ」という観点で見れば、シラカバよりもダケカンバの方が勝っているような気がします。世間の方々には、シラカバだけでなく、ダケカンバの幹の美しさにも気づいていただきたいものです。

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↑ダケカンバの幹。シラカバと違い、赤っぽい色。2021年7月7日 青森県青森市

樹形もクール

ダケカンバは、シラカバにはない特技を持ち合わせています。それは、樹形パフォーマンス。

一般的に、ダケカンバはシラカバよりも過酷な環境で生活しています。
シラカバはあまりに標高が高い場所では生きていくことができませんが、ダケカンバは森林限界を超えた場所でものうのうと暮らすことができます。そのため、シラカバは低地の森林を、ダケカンバは亜高山帯の森林をそれぞれ分布の中心とし、棲み分けを行っているのです。

強風や大量の積雪が容赦無く襲いかかってくる亜高山帯では、樹木たちの樹形は非常に不規則なものになります。雪の重みで枝が大きく垂れたり、幹がグネグネと曲がったり、風の線をなぞるようにして枝が伸長したり………。ダケカンバもその例にもれずで、高山の森に出向くと、彼は必ずアクロバティックな樹形を披露してこちらを出迎えてくれます。

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上の写真は、青森県最高峰・岩木山の山頂直下(標高はおよそ1500メートル)に生えていたダケカンバです(2021年9月10日撮影)。写真に写っているダケカンバの枝は、全部クネクネ。全身で踊っているような樹形です。植物のはずなのに、外見に躍動感がある。この独特な姿は、おそらく暴風雪の影響で作り出されたものです。さほど気候条件が厳しくない森でノホホンと生育するシラカバには、この見事の樹形は作りだせまい………。

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↑富士山五合目のダケカンバ。こちらも、雪の重みで幹が斜めに伸び、森全体がドミノ倒しにあったかのような景観になっている。こういう、斬新な方向に幹を伸ばす樹が集合した森も好き。真っ直ぐ伸びる森だけをみていてもつまらないもんね…

曲線美をふんだんに取り入れた、あの素晴らしき枝ぶりは、厳しい生育環境に耐えるダケカンバたちの努力の結晶なんだなあ。そう考えると、くねくね枝のダケカンバを労ってあげたくなります。くれぐれも、体を大事にね。

古木の趣

多くのカバノキ科樹種は、貧栄養地に真っ先に侵入する「パイオニア樹種」です。一般的に、パイオニア樹種というのは成長が早く、寿命は短い。ハンノキやシラカバもその例に漏れずで、100年以上生きることはまずありません。

しかし、ダケカンバの場合は少し事情が違います。
ダケカンバも確かにパイオニア樹種で、崩落地跡やドライブウェイの法面など、いかにも栄養が少なそうなところに群生しているのをよく見かけます。しかし、彼の寿命は約300年と、かなり長い。亜高山帯の森は、生育している樹種数が少ないうえ、気候も寒冷なので、植生遷移が進むスピードがかなり遅いのでしょう。これが、パイオニアである彼が長い寿命を持つ理由であると、ぼくは考えています。

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↑崩落跡地で繁茂するダケカンバの若木たち。パイオニア樹種らしい姿。この若木たちが老木になるころには、オオシラビソやブナが台頭してきて、ダケカンバの生育スペースはなくなってしまう。 2021年7月7日 青森県青森市

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↑北海道では、ダケカンバとアカエゾマツが混成して森林を形成する。写真を見ると、ダケカンバが樹冠を形成し、アカエゾマツが中高木層を形成している。これは、ダケカンバ→アカエゾマツの順に植生遷移が進んでいくことを意味している。近いうちに、この森からはダケカンバの姿は消え、アカエゾマツが土地を独占することになるのだろう。2021年10月18日 北海道美瑛町

亜高山の森の奥で、ひっそりと生育するダケカンバの古木の姿には、何ともいえない威厳があります。

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上の写真は、八幡平の森でお会いしたダケカンバの古木。
太い幹を不自然なまでに傾けて伸ばす姿には、強いインパクトがあります。でーん、というオノマトペが似合う、なかなかの存在感。樹洞やコブ、裂け目がいくつも入った樹皮に、老樹ならではの風格を感じてしまいます。「背中で何かを語る」感がすごい。

樹木がここまで威厳のある姿に成長するまで、100年以上の時間がかかります。しかし、ダケカンバ以外の短命なカバノキ科樹種には、そこまで長い時間が残されていません。風格ある樹姿を披露する、というのは、長寿命なダケカンバにのみ許されたパフォーマンスなのです。

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↑北海道旭岳温泉周辺の森で見た、ダケカンバの大木。雪を被った姿もやっぱり綺麗。「北国の代表樹種」という感じ。2021年10月18日

シラカバの方が名が売れている理由

前述したように、青森に来た当初はダケカンバを見て「なんて美しい樹なんだ。シラカバよりもこっちの方が美しいなあ」なんて感じたりしてました。まあこれは、青森で僕に会ってくれなかったシラカバに対するうら寂しさも影響していたんだと思います。
ところが、ダケカンバの森を何回も歩き、何本ものダケカンバとお会いするうちに、段々とシラカバの方が名が売れている理由がわかってきました。

最初に、ダケカンバの樹皮は非常に美しい、というご紹介をしたのですが、実を言うと「ダケカンバのお肌が常にすべすべ」というわけではない。7月に十和田湖外輪山の御鼻部山の山頂付近でとあるダケカンバの樹皮を見たとき、エっ、と驚いてしまいました。その写真がこちら↓

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ベロンベロンに樹皮が剥がれ、めくれた樹皮がだらしなく垂れ下がっています。なんということだ。結構ダイナミックな肌荒れを起こしちゃってるじゃんか。君のクリーミーですべすべなお肌はどこへ行ったんだい………‼︎

調べてみると、ダケカンバは樹皮がとにかくめくれやすい樹木である、とのこと。冒頭でご紹介したすべすべお肌のダケカンバは、偶然樹皮が剥がれていない個体だった、というわけです。
樹皮が剥がれるのは、幹が肥大成長する際に古い表皮と新しい表皮が入れ替わるため。人間がサイズの合わなくなった服を捨て、少し大きめの服に買い換えるのと同じです。樹木の生理現象の一つなので、ダケカンバの樹皮が剥がれるのは仕方のないことです。でも……ダケカンバよ、もう少しお行儀よく樹皮を脱げない……⁉︎だらしない樹皮の脱ぎ方をすると、君のすべすべお肌が台無しだよ。
シラカバの場合は、ダケカンバのように樹皮がベロンベロン剥がれることがありません。そのため、美白な樹皮を常に見ることができます。

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↑ダケカンバは樹齢を重ねると樹皮が剥がれるが、シラカバはある程度樹齢を重ねてもすべすべお肌を維持する。写真はシラカバ。


超行儀悪く樹皮を脱いで、ちゃらんぽんな姿になるダケカンバと、上品に樹皮を脱ぎ、気品ある姿を保ち続けるシラカバ。
これでは、雪国に遊びに来た観光客の目に留まりやすいのは、圧倒的にシラカバのほうでしょう。

いくら自分が素晴らしい美貌を持っていても、身だしなみがしっかりしていなければ、その美しさを他人に気づいてもらえない………。ダケカンバの樹皮から得られる教訓です(笑)。

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↑それでもやっぱり、ダケカンバは美しい樹です。成木になると、ダケカンバは枝を横に伸ばし、きのこ型の樹形になります。こういう樹形の樹は、ありそうでない。傘のように枝をのびのびと広げたダケカンバたちが作った森には、独特の空気感が漂います。2021年8月6日 青森県十和田市

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↑ダケカンバの葉。シラカバよりも葉脈がくっきりと現れる印象。2021年5月17日 青森県十和田市


※1) この理由について調べてみると、シラカバはブナ林が分布する地域にはあまり生えない、という傾向があるようです。確かに、青森県は八甲田や白神山地に大規模なブナ林が広がっているので、ブナの宝庫といえます。そう考えると、この説はしっくりくるなあ。ブナは水が豊かで、雪が多く降る土地を好む樹木。ということは、シラカバはその逆の、雪が少なく、乾燥した土地が好きな樹木である、と考えることができます。確かに、北海道胆振地方など、雪が少ない地域にはシラカバがたくさん生えていた記憶があります。では、北海道日本海側のような、雪が多い土地ではシラカバは少なくなるのかな?とさらに疑問に思ったり。森を歩きまくって、このシラカバの分布についての謎を解きたいと思います。
※2)この小さなぶつぶつの正体は、「皮目」というもの。簡単にいうと、幹の内部に空気を取り込む穴です。
※3) ダケカンバのベリベリに剥がれた樹皮は、よく燃えるため、焚き火の際の焚き付けとして利用されました。雨の中でも雪の上でも、ダケカンバの樹皮さえ持っていれば火を起こすことができたそうです。また、薄い樹皮の上には字を書くこともでき、この性質から「草紙樺(ソウシカンバ)」の別名がつきました。

<近縁種・ウダイカンバ>

ダケカンバの親戚に、ウダイカンバ(Betula maximowicziana)という奴がいます。個人的に、シラカバ・ダケカンバ・ウダイカンバが、よく見かける日本産カバノキ類の御三家だと思っています。

ウダイカンバは本州中部以北〜北海道にかけて分布する樹種で、樹高10〜30メートルに育ちます。

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↑八甲田ブナ二次林の林内に生育していたウダイカンバ。2021年6月17日

シラカバ、ダケカンバは完全なる陽樹で、基本的に崩落跡地などの開けた土地でしか見かけません。しかしウダイカンバの場合は、ブナ林やミズナラ林の林内などといった、かなり奥まった場所にも生育します。森の内部でカバノキ科っぽい高木を見かけたら、ほぼ確実にウダイカンバと考えて大丈夫でしょう。

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↑ウダイカンバの葉。カバノキ科樹種の中で最大の葉をつけ、基部が大きく湾入することが特徴。2021年10月19日 北海道旭川市

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↑横に長く伸びた皮目が、ボーダー模様のよう。このデザイン、なんか好き。2021年10月4日 青森県深浦町

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↑ウダイカンバの大木の紅葉。ウダイカンバは北方系の樹種なので、西日本の温暖な地域に植栽したとしても綺麗に紅葉してくれない。彼の紅葉パフォーマンスを見物できるのは、北国に住む人の特権。2021年10月19日 北海道旭川市

ウダイカンバはカバノキ科樹種の中で最も大きく育つ樹種で、幹直径1メートルにまで育つこともあるそうです。(ぼくはまだそこまでの大木に出会ったことはありませんが……)太く大きく育った樹からは良質な木材がとれ、家具材・床材・船舶材・ピアノのハンマー・体育館の床材などに用いられます。一般に、「サクラ材」として流通している材木は実際にはウダイカンバの材であることが多いです。せっかく人間に良い木材を提供しているのに、その手柄がサクラに奪われている感じ。

ウダイカンバは材の優秀さから、「マカバ(真樺)」と呼ばれます。その一方で、ダケカンバの材はウダイカンバよりも材質が劣るので、「ザツカバ(雑樺)」と呼ばれ、ウダイカンバの代用として用いられます。シラカバの場合は、ダケカンバよりもさらに材質が劣るため、割り箸ぐらいにしかならず、名前すらついていません。木材の格付では、ウダイカンバ→ダケカンバ→シラカバという順になるのです。

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↑シラカバ、ダケカンバ、ウダイカンバはこう見分けます。字が小さくてごめんなさい………拡大してご覧ください。

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