エッセイ(5)【田舎の美容室】
すこし前のお話。適応障害で休職してからなんとなく行きづらくなっていた、いつもの美容室に行ったときのこと。
お店に入るといつもの美容師さんたちが声をかけてくれた。地元の、田舎の美容室で、美容師さんたちはみんな私より歳上。担当してくれる美容師さんもいわゆる“おじちゃん美容師さん”だ。
案内されて席に着くと、今日はどうされますか?と人懐こい笑顔で訊かれたので、髪が伸びちゃったので整えてください、とおずおずとこたえる。
施術を始めて髪をゆすいでもらっていると、やはり仕事の話に行き着く。嘘がへたくそな私は正直に言う方が楽だと知っているので、実は休職中で、となるべくおじちゃんと目があわないように白状した。すると、
「そうなんですね!じゃあ髪型なんでもできるんですね、自由なんですね!?いいじゃないですかどうします?」と人懐こい笑顔でおじちゃんは言ってくれた。
思えば、髪の制限が多い職業だった。
学生時代も髪の制限は付き纏ってきたのだった。
「…そうなんです。ウルフカットってできますか?ずっとやってみたかったんですけど…。」
そう言うと、おじちゃんはニコニコでウルフカットの資料を持ってきて一緒に見てくれた。
人気だよね、かわいいよねとおじちゃんが言いながら完成させたウルフカットは、世界でいちばん素敵で、自由で、かわいかった。
足元に切った長い髪が広がっている。
狼って換毛期はあるのかしらん。
おじちゃんの言葉を、私はきっと生涯忘れない。
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