【名盤紹介】 現代音楽作家、新垣隆『交響曲《連祷》-Litany- 』

新垣隆:交響曲《連祷》-Litany-

 どうも、はるねこです。
 今回は名盤紹介記事ということで、新垣隆氏のCD、『交響曲《連祷》-Litany-』についてお話します。 
 

 私が作曲家新垣隆氏を知ったのは、件のゴーストライター事件がきっかけでした。当時の私は音大受験を控えた乳臭い青年で、この騒動に対しても人間に罪はあれど音楽に罪はないという無垢なスタンスでした。音大を卒業した今でも、私の音楽に対するスタンスは変わっていなくて、罪を犯した人の音楽が必ずしも悪にはなり得ないと思ってます。罪を犯した人が書いた曲が悪なら、私たちはジミヘンもジム・モリソンも聴けないしね。私が今回ご紹介する新垣氏が2016年に発表したCD、交響曲《連祷》も作曲家の謂れに関わらず評価されて然るべき、素晴らしい作品なのは確かです。

 インタビューによると本作は、交響曲《HIROSHIMA》と同様に原爆を意識した作品で、さらに、2011年の東日本大震災の原発事故もモチーフにしており、演奏も福島市音楽堂で行われています。

 新垣氏の専門は現代音楽で、調性を感じさせない曲を主として作曲しています。しかし今作は調性音楽で、構造も《HIROSHIMA》等の佐村河内名義の曲と同様に古典派の音楽を踏襲しています。何故専門の無調の曲ではなく、専門外の調性音楽を再スタートの一曲目に選んだのか。
 騒動の後、奇しくもクラシックを普段聴かない層の知名度が上がった新垣氏は、自分名義の調性音楽で今一度勝負してみたい、そんな意思があったのではと私は思ったりします。古典〜ロマン的な和声に基づいてドラマチックに展開していく旋律を追っていくだけでも今作は結構楽しめます。
 旋律に関しては《HIROSHIMA》を意識させるような部分もあって、新垣氏にとっては今作が《HIROSHIMA》に続き二作目の交響曲であると考えていることも伺えます。佐村河内名義の作品で獲得したファンをも大切にしていて、今度は自分の実力のみで楽しませたいという意思表示なのかもと考えてしまいます。

 第一楽章の中盤にある壮大な弦楽アンサンブル、arcoとpizzを重ねた下降のラインの妙、繰り返し顔を出す主題と祷りのテーマが世界を構築していく流れは新垣氏の技巧を垣間見ることができます。
 第二楽章では、彼の本業である現代音楽の片鱗を聴き手に感じさせ、テーマである原爆や原発事故を想起させる場面もあります。
 第三楽章は3つの楽章の中で最もドラマチックの展開を見せます。楽章中盤から約4分間も続くD♭の持続音、そこから根音は1音ずつ下降し和音が展開した後に壮大に響く祷りのテーマ、これが非常に美しい。

 このアルバムには《連祷》の他にも、ピアノ協奏曲と《流るる翠碧》という小曲も収録されています。ピアノ協奏曲は、ピアニストにしか書けないような緊張と遊びのある旋律を書いていて、ピアノの名手としての側面も見せてくれます。《流るる翠碧》は展開が明瞭で旋律も美しく、普段クラシックを聴きなれていない聴き手も楽しめる名曲ではないでしょうか。
このアルバムは主要な音楽系サブスクにも配信されているので、是非聴いてみてください。

 話は大きく脱線して私の自慢に変わるのだけれど、私は学生時代にとあるサックス四重奏団の演奏会に行ったとき、新垣氏の楽曲の初演を聴いたことがあります。当時作曲も学んでいて毎日のように新垣氏の曲を聴き漁っていた私は終演後、無礼にも握手してもらおうかなどと考え、思い切って彼に話しかけました。彼は全く面倒そうなそぶりも見せず快く握手してくれたどころか、頑張ってくださいと応援までしてくださいました。関係者が語る彼の物腰柔らかな人物像は本当なんだと思いました。今や私はただのミーハーなファンですね。

 最近の新垣氏の活動といえば、桐朋音大の講師に復帰していたり、大阪音大の特任教授に就任したりと、クラシック界隈での活動がメインに戻りつつあります。しかし、2018年からジェニーハイというバンドのキーボードを担当していたりと、相変わらず幅広く活動しています。

 最初にも書いたけれど、私は作品と作者は切り離して考えなきゃいけないなぁと最近よく思います。作者が法を犯したからCDの回収だなんだって、作られた音楽の価値が下がるわけではないのにね。実際、佐村河内名義の作品には名作といえるものがいくつもあります。もう既に視聴の機会が失われつつあるCDもあるので興味のある方は早めの入手を。

 それではさようなら。
 

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