宇多田ファンが語る宇多田ヒカルを浜崎あゆみが歌うこと。

 あなたには、かけがえのないアーティストがいるだろうか。この人の曲を聴くとあの頃を思い出すとか、この曲があったから頑張れたとか。私にとっては宇多田ヒカルがそうである。サブスクでいろいろ聴き漁る今日この頃だが、私にとってのベストアーティストの地位は揺るぐことはないだろう。

 私が宇多田ヒカルを聴き始めたのは中学3年生の高校受験の時だ。当時、クラシックとジャズしか聴かない硬派な中坊だった私は、受験勉強のお供に母のiPodを拝借して、初めて能動的にポップミュージックを聴き始めた。初めはqueenやMichael Jacsonを聴いていたが、だんだんと日本語の曲にも興味が出てきて、サザンオールスターズや久保田利伸を聴き始めた。久保田のR&Bのリズムに惚れ込んだ私は、ジャンルで検索をかけてR&Bのアーティストを探すことになる。そこで初めて、私は宇多田ヒカルの音楽と邂逅するのだった。

 当時はいたるところで起用されていた宇多田ヒカルの音楽を、初めて聴いたかのように感銘を受けるほど世間を知らなかった中坊は、彼女のアルバムを片端から聴き漁った。特に『First Love』『DEEP RIVER』なんかは、カセットテープだったらテープが伸びるほど聴いた。楽曲や歌声の良さはもちろんだが、若くしてその才能を評価された点や、年齢にそぐわない大人びた歌詞に尻の青い私は憧れたところもあるのだと思う。

 しかし、こうもどっぷり宇多田ヒカルにはまっていたところに晴天の霹靂というやつは起こるらしい。私は1995年生まれで、高校受験は2010年だ。何があったか。そう、宇多田ヒカルが人間活動に専念するために活動休止を宣言したのだ。私が生まれて初めて聴き惚れたアーティストは、私が聴き始めた6ヶ月後の2010年12月に活動を休止することになった。

 私はすでに発売されているアルバムを繰り返し繰り返し聴いた。いつの間にか受験も終わり第一志望の高校に入ったが、それでもなお聴き続け、私は大学生になっていた。休止期間に一曲リリースはあったが、活動が再開されたわけではなかった。周囲の同年代には話題を共有できる程の宇多田ファンはおらず、待ち遠しいという熱い気持ちは段々と落ち着き、じっと再起の機を待つ残存兵の様相を呈してきた。

 そんなときにリリースされたのが、『宇多田ヒカルのうた-13組の音楽家による13の解釈について-』だ。このアルバムは宇多田ヒカル本人の歌唱は収録されていないが、井上陽水、椎名林檎、岡村靖幸らの名だたるアーティストが宇彼女の楽曲をそれぞれ解釈したものを、トリビュート・アルバムとしてまとめたものだ。初めは元の楽曲と結構な相違のあるカバー曲を単純に楽しんでいたが、あるナンバーを聴いて時が止まるような思いがした。浜崎あゆみがカバーした《Movin' on without you》である。

 《Movin' on without you》は私のお気に入りの曲の一つではあった。上手くいっていない男女の恋愛模様を描いたクールで切なげな曲で、確かに好きだった。しかし、だから気になったのではない。歌っていたのが浜崎あゆみだったからだ。宇多田ヒカルと浜崎あゆみは同時期にデビューし、アルバムのセールスでも特に注目されていた二人だ。宇多田のアルバム『Distance』と浜崎の『A BEST』が同日に発売されたのを記憶している人も多いのではないかと思う。歌姫対決だなんだと囃し立てられた過去を持つ浜崎あゆみが宇多田ヒカルの曲をカバーしたのだ。

 浜崎あゆみが宇多田ヒカルの曲を歌っただけでは、「あら、すごいね!」くらいの感想だったと思う。そこだけではない。確かに、カバーとしてのクオリティは高く、なんなら浜崎あゆみの楽曲だといわれても違和感がない程だ。だが、私が注目してほしいのは、その歌詞だ。

Movin' on without you   (あなたなしでも進むわ
Nothing's gonna stop me  (誰も私を止められない
only you can stop me (あなた以外私を止められない
I have to go without you (あなたなしで行かなきゃね

 かつての好敵手の紡いだ言葉を使った、浜崎あゆみから活動休止中の宇多田ヒカルへのメッセージのように感じられた。終わりに向かい冷めてゆく恋愛を描くその歌は、休止中のライバルへ向けられた激励の歌へと変わっていた。これは私の深読みかもしれないけれど、そう思うと自然と涙が出た。私もまた、彼女の帰りを待つ人間だったからだ。

 その後、復活した宇多田ヒカルの活躍は皆の知っての通りだ。オリジナルアルバムを引っ提げて帰ってきた彼女は、朝ドラのタイアップなど大々的に復活を取り沙汰された。同世代ファンの残党だった私は予約していたCDを聴いて涙を流し、ライブのチケット当落で涙を飲んだ。こういうときにずっと待っていた私が外れて、浅いファンが受かってからに…と歯軋りをしそうになったけれど、ファンが増えることは嬉しいことだと考え直す。いつしか同世代にも彼女のファンは増え、彼女の名盤について語り合えるようにもなった。活動再開がこんなにも嬉しいものならば、長い間(彼女にとってはそうではないかもしれないが)待っていてよかったと、そう思う。

 長くなったけれど、最後に一人のファンとして一言。宇多田ヒカルの存在で今まで頑張れた。彼女の影響で音大時代にはポップミュージックの作曲を初めた。今の私がいるのは彼女のおかげだ。人生に彩を与えてくれた彼女に感謝したい。

それではさよなら、また今度。

はるねこ


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