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大好きな詩集を紹介します

こんばんは。
日曜の夜って、少し憂鬱ですよね。
明日から授業が始まるからですかね?
でも、始まってみたらそこまで辛くなくて、何とかやれたりもするんですよね。

今週は雨続きだったので、家でゆっくり過ごすことに。雨だとどうしても引きこもりがちになりますよね。
今週末は1歩も外へ出ていません。でも、だからこそ、本を読んだり詩を読んだり。

今日は私の好きな詩集を紹介します。
最果タヒさんの、「空が分裂する」という詩集。私が初めて買った詩集であります。
最果タヒさんは、中原中也賞を受賞していて、なんと!!令和4年度の高校の国語の教科書に採用されたらしいのです!!!
私はその情報を聞いた時とても嬉しくて、さらに驚いたのです。

高校生の私は、詩を読むことは良くないことで、恥ずかしいことだと思っていました。真っ当じゃないって。だから、隠れてコソコソ普段降りない駅で降りて少し大きめの本屋へ行き、カバーをつけてもらった。だから、教科書に採用されて、読むことを認められて。私の骨髄にあるような気持ちが大衆化されるのはとても嫌だけど、でも、広まっていくのはいいことですよね。

そんな「空は分裂する」の中で、私が刺さった詩を紹介します。




本当の意味で帰ってくるひとはいない。みんなどこかで生まれて、そしてここにきて、ここか、他のどこかで死ぬ。海からうまれたのはずっとはじめのほうのひとだけで、あとはみんなべつのところで生まれている。たいていは人工物のなかで、生まれている。死んだからって自然になじめるわけがないよ、死後は、プラスチック、銀、亜鉛、それらと同列になったあと、箱にでも入れられて、どこかの公園の遊具になるんだろう、ぼくら。
だれも、僕の名を知らない、
だれも、顔があることに気づきもしない。
鳥や猫や犬や人が、僕を見下し、平気で割るのだ、蹴るのだ、踏むのだ。たとえどれほどかわいい女の子だって、同じだった、公園で、子供に踏まれる椅子になる。
木漏れ日が平等だった。しんでも、いきても同じく、まだらに明るいよ、ひかりには、僕らの事なんて何ひとつ見えていないんだろう。それでも、それで、僕は死ぬのが怖くなくなる。

何度も目で追い、何度も声に出してみて。

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