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流れてゆくスピードが

アフリカ』の33回目の"セッション"を終え、校了。入稿準備まですませて、明日の朝、メールで入稿する。関係各位、ありがとう & おつかれさまでした。

2022年2月22日発行、『アフリカ』vol.33(2022年2月号)です。詳細は明日、更新する予定のアフリカキカクのウェブサイトにて。

『アフリカ』は最後の最後に、私(編集人)が通しで校正して、OK、ということにしている。
験担ぎのような意味もあるのだけど、最近は黒砂水路さんが校正で参加してくれていて自分は最後の最後まで校正の目で見ないことにしているので、最終校正でけっこう修正箇所が見つかり、最後の最後まで手を入れる。もし専属の校正者がいなくて、自分が校正者も兼ねていたらこんなに透き通った校正の目では見られないだろうと思う(専属の校正者がいるということはものすごく贅沢なことで、ありがたや、ありがたや…)

最終のゲラの束、この付箋の箇所の全てが誤字脱字とかじゃないですよ!

今回の『アフリカ』、これまでの『アフリカ』の中で一番いいかもしれない。──というのはいつものセリフなんだけど、ただ、この数年間に出してきた『アフリカ』は個人的にはどれも、思い入れも深いけど、少し納得いってない部分もあった。けれど今回は、思う存分"セッション"できたので、ほとんど苦い思いがない。何というか、気分よくつくれた。
そういう気分の良さはきっと読む人にも伝わるはずで、これまで以上に味わい深い(いろいろと考えさせられもする)1冊になっていると思います。どうぞお楽しみに。

ところで、昨夜は眠い目をこすりながらこんなことを書いていて…

朝、読み返してみると、何を言っているのか自分でもよくわからないところがあった。
Twitterでこういうふうになると下書き保存したり、場合によっては消してしまったりするのだが、そうやって下書き保存してあることばを後日、読んでゆくのがとても面白い。
何かひっかかっていたり、問題を感じるから表に出さないのだろうけど、その分、うまく言えないけど、何か大切なことに迫ろうとしている。

昨夜のあれは何を感じて書いたのだろうか? と考えてみると、自分には個人的な雑誌(主に『アフリカ』)があり、本づくりの営みがあり、文章教室などのワークショップがあり…と、あくまでも自分のフィールドはそこで、SNSはそれに付属するものなのだ。そうでなければ、おそらく自分はSNSを積極的に使っていないだろう。『アフリカ』がなければ、15数前にブログを始めることもたぶんなかった。

SNSはどんどん流れて行ってしまう。過去のことを掘り返すことも出来るだろうけど(消える場合、消される場合もあるか)、流れてゆくスピードが近年、どんどん速まっているように感じられないか。

残すこと、くり返し読む(聴く、見る、etc.)こと、再発見すること、それをとても大事にしているからこそ、もっと閉じた場所で、表現したものを置いておくということをやってゆきたい。

(つづく)


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