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ある登場人物

昨年の夏頃から、あることをきっかけに生まれた登場人物と、一緒に、〈小説〉を書いている。ぼくは最近、自分でも呆れるくらい書くのが遅いが、彼はさらに遅い——というよりほとんど書いている気がないので、とても短い、読み出せばあっという間に読み終えてしまうような〈小説〉でも1年かかってしまう。彼は、いわゆる障害者だが、ほとんどことばを話さないので、彼のことをいかにも、ここに書いているようなことばで記すのには正直、抵抗があった、ぼくのなかで。彼のなかで、ではない。

〈小説〉と、括弧書きで書いたのには理由があり、それを物語と呼ぶのはどうかという気がしていたからだが、あらためてその字面を眺めてみたら、小さな説、ですよね。まさにそんな感じ。

昨年夏に出した『アフリカ』最新号に載っている「降りつもる夜」を書いていたとき、彼とはすでに出会えていて、あれも彼の影響を受けて書いたものだった。しかし彼自身のことを書くのは我慢しておいた。〈小説〉を書くという共同作業のなかでは、彼が障害者でぼくは障害者でないなどという区分けはどうでもよくなる。せめて〈小説〉のなかでは、お互い、ただの人になろうぜ、と、語り合っていたら、なかなか愉快だ。(なぜそんなものを書いてるの……。リハビリのためとでも言っておこうか。)せめて〈小説〉のなかでは愉快にしていよう。

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