「閃き」の瞬間にある「異なるものの中から『同じ』を見つける」
こんにちは。
夏目前ですね。
今回は「閃き」についてです。「閃き」はどんなときに起きて、その瞬間、頭の中でどんなことが起きているのでしょうか。
先日、東洋経済ONLINEに、「20代会社員が1人開発した『伊良コーラ』の正体 新商品の「瓶入りコーラ」は2万本が予約済み 」という記事がありました。
https://www.msn.com/ja-jp/news/money/20代会社員が1人開発した%ef%bd%a2伊良コーラ%ef%bd%a3の正体-新商品の%ef%bd%a2瓶入りコーラ%ef%bd%a3は2万本が予約済み/ar-BB15YIiA?ocid=spartanntp
会社員だった小林隆英さんは、コーラ好きで、偶然手に入れたレシピから自家製コーラを作ってみたものの、それほどおいしくなかったことから、もっとおいしいコーラをつくろうと週末ごとにさまざまに工夫を凝らしてきましたが、2年経っても感激するほどおいしいコーラはできなかったそうです。
そんなとき、漢方の調合の職人だった祖父が亡くなり、家族で祖父の工房を整理する機会があったそうです。そのとき家族が「こんな風に手間をかけてたよね」など、祖父の思い出を話しているのを耳にして、「そのやり方をコーラ作りに生かせるかもしれない!」と閃いたそうです。
祖父の漢方の製法をヒントにして新しい方法でコーラを作ってみると、今までとはまったく違うおいしいコーラができたといいます。同僚に試飲してもらうと、「めちゃくちゃおいしい! お金払っても飲みたい!」という反応で、手ごたえを得た小林さんは300万円かけてキッチンカーを用意し、週末にマーケットに出かけてコーラを売るようになります。
クラフトビールのように、小規模工房のこだわりのコーラということで「クラフトコーラ」を謳い、祖父の工房の名前から「伊良コーラ」と命名したコーラの人気は上々で、1杯500円のコーラがどんどん売れるようになったといいます。
小林さんは会社を辞めて会社を設立、今年2月に祖父の工房をリノベーションして店を開店。さらに、7月末発売開始予定の瓶入りコーラはすでに2万本の予約がはいっているそうです。
記事からは、伊良コーラのおいしさ(どんな味なのか一度飲んでみたいですね)と、小林さんのめざましい行動力がうかがえます。
その小林さんの転機となったのは「おいしいコーラをつくりたい。けれどもなかなかできない」という問題に直面しているときに、偶然遭遇した祖父の漢方調合に関する家族の言葉でした。
企業秘密ということで詳しい内容はわかりませんが、小林さんのように、真剣に何かの課題に取り組んでいるときに、偶然出会った情報や経験から課題を解決するアイデアを閃くことはしばしば起こります。アルキメデスのお風呂やニュートンのりんごが有名ですね。
等価変換理論(ET理論)では、その瞬間のことを「結晶化」と呼びます。
たとえば食塩の過飽和溶液(溶解度以上の食塩が溶け込んでいる液体)に塩粒を入れたり、過冷却水(0℃以下で液体状態の水)に氷の断片を入れると、急激な結晶化が起こります。
これを情報処理の問題に当てはめると、課題に直面して悩んでいるときに(過飽和や過冷却の状態)、小さな断片的情報(塩粒や氷の断片)が刺激となって、それまでもやもやしていた問題が一瞬のうちに明確になる(構造化する)場合に対応していると言えます。だから、このような閃きの瞬間を「結晶化」と呼ぶのです。
繰り返しになりますが、このような「結晶化」(断片的情報を契機とした閃き)が起こるのには、課題に関して十分に実験や思考を重ね、はっきりとはしていないものの何かを感じとっていること、つまり過飽和や過冷却のような状態にあることが必要です。
そのような状態にあるときに、断片的な情報から、課題解決に必要な「同じ」を直感的に見出すことができます。つまり、思考の「結晶化」(閃き)にも、「異なるものの中から『同じ』を見つける」ことが起きているのです。
このような「結晶化」が起きた実際の例を紹介します。
今から70年近く前、「フロート法」と呼ばれる板ガラスの製造方法が発想されたときのことです。
ガラスの製造方法は、基本的には材料を溶かしてドロドロになったものを型に流し込んだり、吹きガラスのように空気を入れて形をつくり、その後冷却するというものです。平らな板ガラスは、「フロート法」が発明されるまでは、こうして作られたガラスの表面を磨いて作っていました。でも、それではコストも時間もかかることから、世界のガラスメーカーでは、研磨の作業が必要のない作り方の開発が課題となっていました。
イギリスのガラスメーカー、ピルキントン社のアラステア・ピルキントンさんは、固まったガラスを研磨するのではなく、固まる前の状態で平らに成形できないか、と考えつづけていたといいます。そんな1952年のある日、夕食後に皿洗いを手伝っていたとき、偶然目に入った水に浮かぶ油から、新しいガラス製造法を思いついたそうです。
水より比重の小さい油は水に浮きます。たしかに食器を洗うときよく目にしますね。また、餃子のたれにラー油を入れると、水平のたれの上にラー油が薄く広がる様子が観察できます。
水に少量の油が浮いている状態を断面図にするとこのようになります。
重力を受けるので、水面は水平で、凸凹はありません。その上の油の層も同じように水平で、凸凹はありません。つまり、油の上下の面はどちらもまっ平らです。
このような状態の水に浮く油を見て、ピルキントンさんは、原料を溶かした状態のガラスを、ガラスより比重の大きな液体に浮かばせて成形する方法を思いつきました。「フロート法」の発想の瞬間です。
けれども、皿の水の上の油とガラス製造では規模や原料の性質も異なります。ガラスの原料の温度はどの程度が適切か、ガラスの原料を浮かべる液体は何にするのか、多くの試行錯誤が必要です。また、非常に高温のガラス原料をどのように液体の上に浮かべるのか、どのように熱をさまして個体にするのか、そして成形したガラスをどのように次の工程に送り出すのかなど、さまざまな問題もクリアしなければなりません。
2006年にピルキントン社を買収したNSGグループのウェブサイトによると、実用化は並大抵のことではなく、足掛け7年の歳月と40億円の研究費をかけ、遂に1958年7月 に完全なフロート板ガラスが完成したそうです。
http://100th.nsg.co.jp/story/02/
「フロート法」を簡単に図にするとこのうようになります。
この中で、「フロート法」の核心的な部分、皿の水に浮かんだ油から発想したところは、図の中央部分、溶かしたスズにガラスを浮かべるところです。
その部分に関して、「フロート法」の発想を等価方程式で表すとこのようになります。
完成した「フロート法」には、「皿の水の上の油」から多くの要素が加えられています。着想から多大な費用と年月をかけて実用化されたこの製法は、現在でも板ガラス製法の主流ですから、数十年、もしかすると100年に一度の革新的な発明です。
このような非常に重要な発明の閃きにも、「異なるものの中から『同じ』を見つける」が一役かっていたわけです。じつは、このような閃きから世の中を変えるようなインパクトのある発明もたくさん生まれています。それらについても今後紹介していきたいと思います。