短編小説:必要不可欠
勝手に物を捨てられる話。約700字。
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お母さんが、弟のCDをごっそり捨てた。
私の三つ下、中学生の弟はCDが好きだ。
音楽ならスマホでたくさん聴けるじゃんって思うけど、弟にとって大事なのは収録されている音楽ではなく、CDという物体そのもの。
弟のCDとの出会いは、遡ること幼稚園児の頃。
裏が銀色でキラキラ光る、音が出る円盤に魅了され、すっかり心を持っていかれたのだという。
「CDって、コンパクト・ディスクの略なんだよ? すごくない?」
何年前の話か忘れたけど、小学生の弟がそんな風に目をキラキラさせて言ってきたこともある。何がすごいのか、私にはいまだにわからない。
そんな弟は、お小遣いやお年玉をせっせと中古CDの収集に注ぎ込んだ。
往年の人気ロックバンドのアルバム。
有名な指揮者が率いるオーケストラが奏でるクラシック曲集。
どこぞの合唱団の演奏会の音源。
演劇に使う効果音集。
節操なく買い漁っては、自室の棚を埋めていく。
棚を埋め、机を埋め、押し入れを埋め、床を埋め。
掃除していたお母さんが、CDの山で小指をぶつけたかなんかしたのがきっかけだったらしい。
弟のCDはある日突然、何の予告もなく、その大半を処分されることとなった。
「あんな風に置いてたら危ないじゃない」
顔を赤くして泣いて喚いた弟を、お母さんはしれっとした顔でたしなめた。
「大事だったならまた買えばいいでしょ」
「また同じものが買える保証なんてないのに!」
「なくても死にはしないでしょ」
弟は近所中に響くような大声で応えた。
「死ぬ!」
棚を増築してやるとか、整理整頓を促すとか、先にやれることもあっただろうに。
この人にとっては、なくても死なない不要なものだから。
弟はリビングを飛び出し、廊下を走り、乱暴に玄関のドアを閉めて家から出ていった。
外から何か声が聞こえたような気がしたけど、空耳かもしれない。
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この1ヶ月以上、「不要不急」という言葉にずっともやもやしてました。
不要かどうかと問われたら、私の小説を書くという仕事は「不要」なんだろうなぁと。
情勢的に今は「不要」でも、誰かにとって切実に「必要」な何かが切り捨てられたりしませんように。
……久しぶりの短編がなんだか暗くなってしまったので、今度は楽しいお話書きたいです。
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