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久しぶりの読書感想文:『WBC 球春のマイアミ』

野球を観なくなったのは、いつからだっただろうか。

子どもの頃、家ではいつもプロ野球中継が夕食時の定番だった。父がブラウン管の向こうに飛ばしているのは、檄なのか、ヤジなのか。小学校の教室では八重樫幸雄のマネが流行っていた。もう少し私が若かったら、モノマネの対象は種田仁になっていたに違いない。

あの頃、確かに野球を好きだった。友人YAMATOさんの著書、『WBC 球春のマイアミ』が連れてきた記憶。

断言しておこう。野球を愛する人による野球を愛する人のための本だ。したがって、ライトな野球ファンに本書はあまりお勧めしない(Amazonで探したら「Number PLUS WBC2023 完全保存版」を見つけた。そちらは全野球ファンにお勧め)。

だが野球好きにとっては、これほど一緒に熱くなれる本も珍しいのではないだろうか。WBCの軌跡を第一回大会から丹念に追っていく序盤。キャンプ地でチームとして一枚岩になっていく侍戦士たち。手に汗握る日本代表の初戦。WBC参加各国の選手たちと観客の様子に、「好きは国境を超える」ことを知る。米国でのメキシコ戦。山本由伸でもダメか?という絶望感。吉田の好返球。村上が再び村神様になるまでのお膳立て。周東の笑うしかない俊足に流した涙(いや、大谷だって足速いんだよ??)。決勝戦での大谷の咆哮。しだいに文章から行間からあふれ出す熱が、自身の記憶と重なっていく。体温が上がっていく。

まるで、壮大な交響曲を聴いているよう。そう、ベートーヴェンの第3交響曲「英雄」がぴったりだ。勇壮で、陽気で、激しい盛り上がり。書いているご本人の興奮がそのまま映し出されたような、リズミカルで刺さる文章の数々。どこぞのサイトの記事より、心を掴んで離さない。

特筆すべきは、YAMATOさんの筆致に見られる「節度」である。とかくスポーツものは過度な感動を強いる。家族の支えについて過剰に書いてみたり、見えないところでこんなに努力していると書いてみたり。もちろん選手の生い立ちや過去に触れる箇所はあるのだが、佳い匙加減。結果がすべての世界に生きている選手へのリスペクトが、本書の中にはあった。

2023年のWBC日本代表は、あらゆる意味で奇跡のメンバーによって構成されていたようだ。大谷翔平は地球上に存在する最も素晴らしい野球選手だけれど、それだけではなかった。あんなチームが再び拝めるかどうかは、分からない。だが期待せずにはいられない。

栗山秀樹監督だったからこそできたチーム作り。大谷翔平とは。ダルビッシュ有とは。さまざまなことを考えさせられたし、また野球を観ようかなという気にさせられた。

消えかけていた野球愛に、火をつける一冊。
WBC観戦だけだったら忘れていたかもしれない断片的なシーンが、はっきりと頭の中に蘇った。自然と涙が出てしまったページが、いくつもあった。

劇場ばかりじゃなくて、ボールパークもたまにはいいかもしれない。今夜はしまい込んだグローブを探してみよう。どこにあるだろうか。

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