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ヤクザと変声期中学生の不思議な絆 映画『カラオケ行こ!』

激しい雨の中、男が1人歩いている。白いシャツはずぶ濡れの背中に貼り付き、彫り物が透けている。顔は見えない。明らかに堅気でないその男は、会場から漏れてくる混声合唱に導かれ、合唱部部長の聡実(齋藤潤さん)と出会う。

聡実と向き合う場面で、稲光に照らされ男の顔が映る。男の第一声は、「カラオケ行こ?」。

印象的なオープニングだ。背中から狂児(綾野剛さん)の動きを追っているだけ。だが「ヤクザが中学生の合唱コンクールにフラッと立ち寄る」というあり得ないシチュエーションに、すでにファンタジーの世界へ足を踏み入れていることに気がつく。

そう。ファンタジーであり、コメディ。
一人の中学生の日記のように綴られていく。

ヤクザは登場するが任侠ものではない。狂児が裏声で歌うX JAPANの「紅」は聡実くんの言う通り気持ち悪い。だいたいヤクザに「どこで笑ったらええですか」と突っ込める中学生ってこの世に存在するのか。

ヤクザが懸命になっているのが、「組長とのカラオケ大会で歌ヘタ王になるのを避ける」ことだと言うのが、なんとも可笑しい。そして、狂児はいたくマジメでもある。歌ヘタ王を避けるためなら、聡実くんの渡した合唱部の手引きをバイブルにだってしちゃう。ハイエナのアニキがたんぽぽ音楽教室の門を叩いたように、狂児は聡実くんと足しげくカラオケ屋に向かう。

聡実くんの変声期は、それまで打ち込んできた合唱に対する姿勢をほんの少し変えてしまう。部長の聡実くんが好きすぎる後輩とも、副部長とも、ももちゃん先生とも距離を置きたくなる、15歳男子の繊細さ。狂児とのカラオケが、映画を観る部が、彼のオアシスであり休憩所。狂児と居れば、大好きな「歌」と少しはつながっていられる。

聡実くん役の齋藤潤さんがとても良い。リアルに撮影時に変声期を迎えたという。彼の芝居力によるものと、その時の彼だからこそ出せたものと。いい具合にブレンドされたお芝居はきっと、もういまは出せないものだろう。

オトナへの階段をゆるやかに上る聡実くんにそっと寄り添うように、狂児はそこにいる。役者・綾野剛は狂児に危うさと、男の色気と、飄々とした温かい人懐っこさを共存させる。3:2:5ぐらいの割合で。

狂児はヤクザもののくせに、とことん聡実くんに優しい。怒鳴りつけたり凄んだりしない。キレるとフリーザみたいやなぁ、と飄々としている。子どもだからと舐めてるわけではない。ひと対ひと。綾野剛のフィルターを通して体現された狂児は、わたしが観てきた彼の演じた役の中で、最も魅力的なにんげんだ。ちょっぴりスパイシーで、ほっこりやさしい。まるでキムチ鍋に入れたサツマイモみたいに。

聡実くんの歌う「紅」は、魂の叫びであり、レクイエム・・・のはずだった。生きてるんかい!と原作未読のまま観ていた全員が突っ込んだに違いない。

ラスト。狂児の腕の刺青に、思わずぷっと吹き出してしまった。

狂児と聡実くんは、今もどこかのカラオケボックスで練習していることだろう。ときどき、「紅」を挟みながら。

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