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真珠湾攻撃と在米日系人の憂鬱 ミュージカル『アリージャンス』

僕の大きなゴールのひとつに海外のステージに立ちたいというのがあって、「じゃあ、どんな役で?」ということを考えてみた時に、「ああ、見えた!」と思ったものがあったんですよね。以前観たブロードウェイの作品なんですけど。

(インタビュアー)具体的な作品であり役があるんだ?

そうなんです。今までは言ったことがないんですけど、『アリージャンスというミュージカルです。アメリカで活躍されている日系アメリカ人2世のジョージ・タケイさんが主人公として描かれた、ほとんどの俳優がアジア系というブロードウェイのミュージカルで・・・(以下略)


ー三浦春馬さん著書『日本製』巻末インタビューより

俳優さんというのは、求められてナンボな部分があると思うので、具体的にこれをやりたい、と表立って言う機会がどのくらいあるのかは、分からない。

ただ、『キンキーブーツ』のローラ役がそうであったように、表現者・三浦春馬は本当にやりたいことにはためらわずチャレンジして、きっちりそれを手にしてきた人だと思っている。

そんな春馬くんが「やりたい」と言っていたミュージカル、『アリージャンス』を日本で公演すると聞いたのは、昨年11月だったか12月だったか。迷わず先行抽選に申し込み、良席とは言えないものの席が確保できたのは、『イリュージョニスト』で神席が当たった直後だった。

偶然なのか、神の導きなのか。主要キャストに「海宝直人」と「濱田めぐみ」の名が。公演の日が近づくにつれて『イリュージョニスト』で観たパフォーマンスを思い出して、胸が震えた。

これは、春馬くんきっかけでミュージカルにハマりつつあるいち春馬ファンが、ミュージカルというより物語そのものに魅せられ、春馬くんが「やりたい」と言ったことの意味について、考えた日の記録である。

簡単な関係図を記載しておく。

アリージャンス

真珠湾攻撃がもたらした日系人への反感

カリフォルニア州で、平和に暮らしていたキムラ家。父・タツオは農場を経営していた。若き日にアメリカへ渡り、裸一貫から今の生活を築き上げてきた。息子には自身がした苦労を味わわせたくないのか、しきりに「ロースクール」に入れて法律の勉強をさせたがっている。よくある、父と息子の関係だ。

どこの家庭にもある、多少の軋みはあっても、それなりに平和に暮らしていた日系人・キムラ家の生活が一変したのは、真珠湾攻撃が起きた後だった。

元々サミーは在米日系2世で、日本に行ったことなどない。アメリカのために戦おうと徴兵に志願するが、日本人だというだけで断られる。

キムラ家に白人兵が来て「カイトは日本人と付き合いはあるのか」と訊かれる。このシーンで流れるナンバー、「嵐とは戦うな(DO NOT FIGHT THE STORM)」では、父や姉が「今は耐えろ」と諭す。サミーは反発する。

公演会場で買ったブロードウェイ版のCD音源を聴いているのだが、「嵐とは戦うな(DO NOT FIGHT THE STORM)」と「我慢(GAMAN)」の2曲は、公演で聴いた日本キャストのほうが良かったと思う。というのも日系1世(=ほぼ日本人)がいう「嵐とは戦わない」「我慢」を日本人が歌い上げるのと、アジア系とはいえ生粋のアメリカ人が歌い上げるこの2曲では、お芝居全体に広がる雰囲気が、まるで異なるからだ。

ここで流れる2曲を日本人キャストが歌うことで、当時のアメリカの反日感情を受けて、率直に日系1世が感じていたことを、よりリアルに表現できたのではないだろうか。

強制収容所送り

当時、アメリカ西海岸に暮らしていた多くの日系人が強制的に家を追われ、過酷な環境の収容所に無理やり入れられたという。

キムラ家もそんな多くの日系人と同じように、無理やりハートマウンテン強制収容所に連れてこられた。トイレに壁がない、冬はマイナス30度になるほどの寒さなのに防寒具が足りない、具合が悪くなっても薬も貰えないという酷い環境の中暮らすことになったのである。

同じように強制収容所に送り込まれた日系人は、たくさんいた。
厳しい環境の中でも、助け合いながら生き続ける日系人たちは、いつか終わると希望を失わずにいた。

サミーは、白人看護師ハナと仲良くなり、彼女に恋をする。2人で歌う「きみと(WITH YOU)」は美しいハーモニーのナンバーだ。サミーとハナを演じるのは、海宝直人さんと小南満祐子さん。そういえば二人とも朝ドラ「エール」に出てたけれど、海宝さんはあまりに出演時間が短すぎて、このお2人が揃って歌うのは観られなかったなと思い出す。

一方、ワシントンで日系人のための活動を続けるマイク・マサオカは、とんでもない案をひねり出す。収容所でアメリカへの忠誠を問う質問票を配り、忠誠心のある回答をしたものを判別して、戦地で最も過酷な任務をさせ、英雄として仕立て上げることで、日系人の地位向上を狙ったのだ。

日系1世と日系2世 アイデンティティの差

忠誠登録質問票への回答は、それぞれの立場でかなり異なった。日系1世である父・タツオは誇りを持って「No」と回答し、アメリカ生まれでアメリカ育ち、自分は生粋のアメリカ人と思っているサミーは「Yes」と回答して軍隊に入隊し、兵士としての働きで自分のアメリカへの忠誠を見せようとする。

タツオが自分の思いを曲に乗せるナンバーが「アリージャンス~忠誠(ALLEGIANCE)」だ。渡辺徹さんはミュージカル初挑戦とのこと。ミュージカルでの歌の実力は、海宝さんや濱田めぐみさんとは比較のしようもない。けれど、この曲は技術的に上手く歌うというより、日本人(日系1世)としての誇りを、きっちり演技で乗せる(本来それをやるのに技術が必要なわけだけど)ほうが大事なんじゃないかなと思いつつ、初挑戦にしてはやるなあ、とこのナンバーを聴いていた。

間に挟まるダンスパーティーでのナンバー、「パラダイス(PARADISE)」。フランキー・スズキが歌って踊るところが凄くキマっていたので、後で調べたら、中河内雅貴さんはバレエ経験があるとのこと。基礎があると動きもキマるものなんだな、と改めて感じた。

サミーが戦場で見たものと彼の誇り

部隊に入隊したサミーは活躍して、雑誌の表紙を飾るほどになる。彼の活躍により日系人への反感は、マイク・マサオカの思惑通り収まっていく。より厳しい強制収容所に送られていた父・タツオも解放される。

ところが、サミーが戦場で見たものは、凄惨さを極めるものだった。
「戦争とはそういうものだ」と言われればそれはそうなのだろうが、彼の心に深い傷を刻み込むことになる。

収容所で一緒だった、フランキー・スズキが強制徴兵に反対し、抵抗していることも自分の頑張りを否定された気分に、拍車をかけたのかもしれない。

自分の頑張りが、12万人の在米日系人に対する風当たりを穏やかにしたという自負は、あっただろうと思う。

戦地から戻った後で知ることになるが、フランキー・スズキが強制徴兵に反対していたことが間接的な理由で、ハナが命を落とすことになったのも、フランキーに対する反感を強めたと思う。

THE・濱田めぐみ劇場? 圧巻のパフォーマンス

濱田めぐみさん演じるケイについて、ここまで全然触れていなかったのには理由がある。

とにかくこのミュージカル、ケイが凄すぎる。まとめて触れることにしようと思って、書かずにおいたのだ。

オープニングの回想シーンに出てくるケイの厳かで優しい歌声、「嵐とは戦うな(DO NOT FIGHT THE STORM)」での、自身の不安とサミーを諭す気持ちが混じったような声、ソロ曲「もっと高く(HIGHER)」、フランキーとのデュエット、ハナとのデュエット・・・

出番が多い。そして出た場面では、ほぼ歌っている。家族との関係、サミーへの愛情、女としてフランキーに向ける愛の表現。

まあとにかく、ケイが素晴らしい。圧巻と言ってもいい。
これ、濱田めぐみさんがあのクオリティでやってしまったら、他に誰もやりたがらないのでは・・・。

春馬くんが演じたがった理由(推測)

『アリージャンス』は日系人の誇りと葛藤を描くミュージカルだ。

真珠湾攻撃により反日感情が露になったアメリカで、日系1世と日系2世の間では、親子以上の意識の隔たりがあったに違いない。日本という国に対して抱く感情が、全然違うと思うのだ。

日系1世はほぼ日本人だが、日系2世はほぼアメリカ人と言っていい。にもかかわらず、日系1世も2世も「日本人」として強制的に家を追われ、収容所にぶち込まれた。その理不尽さに耐えた日系人の心情を描ききるのは、スキルを持った日本人ミュージカル俳優がふさわしいだろう。同じアジア人だからといって、中国人を日系人キャストに充てたのでは、描きたいものは描ききれない。

ブロードウェイ版はCDしか聴いていないので分からないが、キャストの話す日本語が変だったり、日本人ならそういう動きにはならない、と春馬くんが観て感じた部分が、あったのではないだろうか。日本で実力あるミュージカル俳優がもし演じたら、歌のスキルはともかく、ある意味でブロードウェイ以上のものが出せるんじゃ?と、春馬くんは感じていたのではないかと、思っている。

個人的には、サミーではなくてフランキー・スズキが春馬くんにはよく似合うと思う。ある程度歳を取ってから、タツオを演じるのもいい。

春馬くんは、『日本製』巻末インタビューでは、演じたい役を明かしていない。サミーなんだろうなと思いつつ、私はフランキーの方が似合うと思うよ、と心で話しかけてみる。

終わりに

日系人を日本人が演じることで醸し出せるものがある、ということを強く感じたミュージカル『アリージャンス』だが、残念だったことが2つある。

1つ目は、完全に私のミスなのだけれど、撮影OKのカーテンコールが撮れなかったこと。スマホの電源を切っていたのだが、再起動が遅くて、起動したときはキャストの皆さんが引っ込んでしまった後だったのだ。

2つ目は、白人役が白人っぽくなかったこと。立ち方とか、動き方でもう少し工夫が出来たのではないかと思っているのだが・・・何とかならなかったのだろうか。

人種差別がテーマになっているので、是非ここはクオリティを上げてもらいたい。もしそれが出来たなら、ある意味で本家・ブロードウェイ版を超える日が来るかもしれない。

日本キャストが演じる『アリージャンス』が、ブロードウェイ版を超える瞬間に立ち会えることを、ワクワクしながら待つことにする。

最後に。『アリージャンス』を演りたがっていた、敬愛する表現者の8回目の月命日に、このnoteを捧ぐ。

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