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子どもを守るために、身を引くのも一つ。

親として我が子を守る方法、
大人として子どもを守る方法。

似ているようで大きく異なるんじゃないのかなって、私は思っています。

親の場合、どうしても我が子目線になってしまって客観的な判断ができない時もあるのではないかと、自分自身の約8年の母親歴を振り返って感じるからです。

親である大人の方が子どものことを真剣に考えているというわけでもないと思うし、自分の子どもがいなくたって未来ある子どもたちのことを真剣に考え活動している人はたくさんいると思っています。


今、新型コロナウイルス感染防止策の一つとして、マスクの着用があげられています。

そのマスク着用有無について、親が学校や保育園・幼稚園と仲違いをしてしまうような対応しか取れないようだったら、みなさんどうしますか?

私だったら、身を引きます。

対話を重ねる大切さも知ってはいますが、それ以上に自分自身や子どもが疲弊してしまう危険性があるからです。これは親として我が子の不登園・不登校について園・学校と話し合った経験があるからかもしれません。


マスクの着用については、その人自身の生き方や考え方だけでなく、どこからコロナに関する情報を得ているか、どんな団体・組織に所属しているかで大きく視点が変わってくると感じています。

それ故に、我が子が楽しく通っている園や学校とは折り合いをつけられない状況に陥ることも多々あるのではないかとも思うのです。


相手の考えを尊重するとしていても、自分には人権がありこちらの主張は通されるべきものだとしていても、やっぱり難しい時もある。そこで戦うのも一つだとは思うのですが、こういった戦いはあまりポジティブなものを生み出さない気がしています。

こちらも実体験があるからかもしれませんが、あまりにも互いの意識や感覚・考えがかけ離れている場合、溝が深まるばかりで思い出したくもない悲しい過去になってしまうケースが多いのではないでしょうか。


子どもを守ると言っても、子どもとの関係性や信じているもの・見ている世界によって”子どもを守る方法”は大きく変わります。

私は誰かと争ったり文句を言ったりするのではなくて、明らかに『違う』と感じたら潔く離れるのも、子どもを守るための一つの手段だと思っています。(行政や教育機関との様々なやりとりを経験し、どこか疲弊している私がいるから離れる手段をとるのかもしれません。)

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