不屈の男が日の丸を背負うまで
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不屈の男が日の丸を背負うまで

南野拓実、植田直通 、室屋成、中村航輔 、鈴木武蔵、中島翔哉

現在、日本代表の中枢を担う彼らの共通点をご存知だろうか?

若手の登竜門とされる、アンダー世代の国際大会。U-17ワールドカップ2011 メキシコ大会のメンバーである。

この大会のU17日本代表は、フランス・アルゼンチンら強豪ひしめく予選を首位通過。
続く、決勝トーナメント・ニュージーランド戦にも大勝。

準々決勝で王国ブラジルに2-3で敗れてしまったものの、見事な戦いぶりでベスト8に進出。
大きな賞賛を浴びた世代の選手達だ。

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そして、このチームで中盤の舵取り役を一手に担い、大会後、欧州クラブ
関係者からも高い評価を受けた選手がいる。

北海道コンサドーレ札幌の深井一希である。

まさに深井は、現日本代表の軸を担う世代の
トップランナーの一人であった。


〝であった〟

あえて、過去形にさせて貰う。

深井はその後、プロサッカー選手としての歩みの速度を少し遅める運びになってしまう。

しかし、どんな事があろうと彼は、立ち上がり、
歩を進める事をやめなかった。

不屈の男

深井は小学4年時にコンサドーレ札幌U-12へ加入。
当初は体が小さく、同期の中でも特段、目立つ存在ではなかったが、
身体が出来上がるに連れて、中心選手として活躍。

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圧倒的なボディーコンタクトの強さ。
獲物を狩るかのような鋭く、深いタックル。
そして、確かなボールコントロール技術。

何でも出来てしまう大型ボランチ。

クラブは勿論、将来の日本サッカー界を牽引する存在として、
未来を渇望された。

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小学生から長らく深井と共にプレーした同級生の一人の神田夢実は

「はじめて一希を見た時、こんなに上手い奴いたんだ。と本当にビックリした。当時のコンサドーレジュニアはトレセンメンバーが大半を占めていた。一希は当初、トレセンにも選ばれていなかったので」と懐古する。

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しかし、圧倒的なポテンシャルを持っていた深井であるが、中学・高校年代で継続して試合に絡む事が中々出来なかった。

深井の膝は、左膝の骨が生まれつき3分の1、離れており、
その圧倒的な動きに耐えうる状態では無かったのだ。

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高校3年生時にもボルトを入れる膝の手術を行うなど、
躍動する〝黄金世代の同級生〟の活躍を尻目に
プロ入団前から、膝のご機嫌を伺う日々が続いた。

それでも、試合に出れば輝きを見せる。

ボールを奪う能力
プレッシャーの中でボールを受けさばく力
予測力
技術力

ピッチ上でその高い能力は存分に評価され、
当時、リハビリ中ながら、トップ昇格が決まった。

そして、コンディションが上がると、ルーキーイヤーの3月に
プロデビューを果たす。

当時、日本代表の中心選手でもあった遠藤保仁・擁するガンバ大阪戦でも
強烈なミドルシュートを放つなど、プロ1年目からJ2リーグ戦19試合に出場

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早速、その実力の片りんを見せるのだが、
同年2013年11月に左膝前十字靭帯断裂の大怪我を負ってしまう。


膝の前十字靭帯断裂は一般的に半年~1年程のリハビリ期間を要する大怪我だ。

ちなみに筆者も学生時代に同怪我を受傷した経験があるが、負傷した瞬間に「あ。これやってしまった」という衝撃的な負傷音とこれまでの怪我とは掛け離れた痛みに襲われ、自身の意思で足を動かせなかった。

深井は、過酷で地味な半年以上のリハビリを経て、
2014年8月3日のVS北九州で266日ぶりの出場にこぎつける。

しかし、その直後の、2014年8月20日の天皇杯・清水戦で
今度は逆足の右膝前十字靭帯と半月板を負傷。

復帰して僅か3週間足らずでの2度目の前十字靭帯断裂に
流石に本人もショックの色が隠せなかった。

しかし、翌シーズン、漢はしっかりと
ピッチに帰って来てくれた!

2015年5月17日の群馬戦で
9か月ぶりに公式戦出場。

試合を重ね徐々にコンディションもフィットしてきたかに思えた
復帰から8戦目・2015年7月8日の大宮アルティ―ジャ戦。

またも、右膝の前十字靱帯を部分断裂してしまう。
合流から3か月足らずでの同部位の負傷。

プロ入り後、4度目の手術も検討されたが、
本人の意向もあり、復帰まで時間を要する手術は回避し、
患部周辺の筋肉を鍛えて補強する保存療法を選択。

そして、9月末に試合に復帰すると、
2015年シーズンを何とか乗り切った。

チームは念願のJ1へ

2016年シーズンは
スタメンのボランチで25試合に出場するなど、
J2首位を快走したチームの原動力として、活躍をつづけた。

しかし、2016年8月21日の京都戦で右膝の内側半月板損傷

悲願のJ1昇格を視界に捉えたチームへの再合流を狙い、
手術を選択せずに復帰を試みるも、
膝の状態は上がり切らず、
2016年10月12日に手術を決断。

残りシーズンでの復帰は絶望となってしまう。

5年ぶりのJ1へ向けて快走するチームを離脱し
仲間に想いを託すことになったが、
チームは見事にJ1昇格を果たした。

プロキャリア初のJ1となる2017年のスタートは、
自身初となる開幕スタメンを飾るなど
上々のものであった。

しかし、、、

2017年4月2日VSヴァンフォーレ甲府
忘れもしない日だ

深井一希の応援歌が作られ、
試合前にお披露目された。

「ララララララ 深井一希
ララララララ 不屈の男
赤黒の8番 見せつけてやれ」

コンサドーレにとって
特別な意味を持つ
背番号8を背負う
不屈な選手
への応援歌

しかし、まさにその試合で、
誰もが想像したくない悪夢がまたもや起きてしまった。

前半13分、左膝を抑えこみながら、深井が倒れ込み、
✖️印が出て担架で運ばれる。

その瞬間、コンサドーレサポーターの時が止まったようだった

考えたくもない、最悪の結果を頭の片隅に想像しながら、
そんな事あるはずない
と無事を願うしかなかった。

どうか靭帯だけは無事であってくれ。

しかし、後日クラブから出た
リリースは最悪のものであった。

左膝前十字靭帯断裂、左膝内側半月板損傷、左膝外側半月板損傷

プロ入り後5度目の手術。
中学の頃から数えると計8度目の膝の手術だ。

深井一希は絶対に帰って来てくれる。
信じてやまなかった。

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『絶対にまた戻って来たいと思います』
『絶対に這い上がります』

不屈の男は不死鳥のごとく
また、ピッチに戻って来てくれた。

2018年1月末の沖縄キャンプで
10カ月ぶりに実戦復帰すると
新体制となったチームで
開幕からスタメンを奪取。

ミハイロ・ペトロビッチ新監督と
初めて顔を合わせた際、
深井選手はこう声を掛けられたという。

「私は浦和を率いていた時から、君の能力の高さを知っていたよ」

「自分は日本代表選手になれる。本気でそう信じなさい」
出典:北海道新聞

深井の能力を高く評価する指揮官は、
シーズンを完走させるべく、大切に大切に起用した。

疲れが見えたらすぐに途中交代させ、
膝の状態が思わしくなければ練習を休ませた。
そして、状態が上がると、すぐにピッチに送り出す。

ミシャ監督「試合後に彼(深井選手)が笑顔を見せていることが、
私にとっても本当にうれしい」
出典:北海道新聞

小学の頃から赤黒を身にまとい戦う
クラブの宝のような選手に対する
サポーターと指揮官の総意とも
言える言葉ではないだろうか。

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かくして深井は2018年シーズン、大きな離脱をすることなく
試合に絡み続け、プロキャリア最多の28試合(2148分)に出場。

クラブの史上最高順位(4位)に大きく貢献した。

そのプレーぶりは、〝らしさ〟
存分に見せてくれていたとは思う。

ただ、90分のフル出場は2試合のみ。

また、そのポテンシャルを全て出し切っていたか?
と言われると答えは否だった。


ACL(前十字靭帯)の負傷は、前述の通り、
ピッチに戻るまでに1年弱掛かる大怪我だ。

それはあくまでピッチで戦える状態になるまでの期間であり、
ピッチに戻ってからがまた、一勝負待っている。

物理的な肉体的なコンディション、ゲーム感覚、
そして怖さとの闘い

受傷者の話しを聞いても千差万別であるが、
以前は感じなかった見えざるプレッシャー
を感じてしまうのだ。

敵が以前よりも大きく、近く感じるような感覚、、、

それは全く感じない人もいるだろう。
時間が解決してくれるかもしれないし、
生涯上手く付き合っていく
必要があるのかもしれない。

本当の膝の状態は本人のみぞ知る所だが、
きっと、大なり小なりの出来事とは
付き合っていくしかないのだと思う。

ただ、18年シーズン通して試合に絡んだことで
2019年の深井選手の感覚とコンディションは
どんどん研ぎ澄まされていっているように感じた。

大分

しかし、7月13日のアウェー大分戦で深井はポストに直撃。
途中交代してしまう。

状態が心配されたが、
膝の皿にヒビが入った
という報道を目にした。

正直、安堵の気持ちの方が強かった。
これくらいの怪我なら深井は大丈夫だ

怪我のコンディションと激しいポジション争いも相まり、
先発復帰したのは9月28日の鹿島戦まで時間を要したが、

そこからのプレーは
威風堂々
圧倒的な存在感を醸し出していると思う。

足枷が外れたの如く、

相手をなぎ倒す
ボールを奪い取る
華麗にボールを散らす
得点を奪う

プレーの節々に、全てを受け入れたかのような覚悟を感じる。

深井は今シーズン既に
リーグ戦32試合(2552分)に出場し、
フル出場は20試合にのぼる。
cf 2018年 28試合(2148分)フル出場2試合

確実に状態は上向いている。

そして、国内組を中心に戦うE1サッカー選手権2019の日本代表が12/4(水)に発表される。

東京五輪世代のメンバーも招集するなどの報道もあり、
今大会で深井が選出されるかは定かではない。

しかし、今のプレーを続けていたら、
遠くない未来において、
日の丸を背負う深井一希
の姿が見れる気がしてならない。

いや、来たる日は必ず来る

世代のトップランナーであった選手は
自分に合ったスピードで確実に進化を続けた。

そして、もう一度トップランナーとして
走る瞬間は着実に近づいている。

不屈の男の
這い上がる道筋は
まだ道半ばだ

その姿を信じて
いつまでも
何があろうと
声援を送り続けたい

※写真提供:あきっくさん








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