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僕が適応障害になった5つの原因とは?

こんにちは。
はるきです。



詳しい僕のプロフィールはこちらをご覧ください。


今回のテーマは「僕が適応障害になった5つの原因とは?」という内容でお伝えします。


僕が適応障害になったのは教師をして13年目のときでした。

それはそれは、これまでの人生の中でかつてないほどのつらさを味わいました。

何が原因で適応障害になってしまったのか?

自分なりに考え、「これかな…」と思える原因を5つ紹介したいと思います。


この記事で「何が原因で自分は適応障害になってしまったのだろう?」と悩んでいる人への解決になればと思います。

今回の記事のポイント


僕が適応障害になった5つの原因とは?



①バーンアウト(燃え尽き)症候群

バーンアウト症候群という症状があります。

燃え尽き症候群とも言われます。

何かに情熱を持って取り組んでいたけれども、それが達成できたとき、これまで頑張ってきた目標がなくなり、途端にやる気がなくなってしまうことです。

まさしく、
あしたのジョーみたいに燃え尽きた状態です。


僕の場合、13年間教師をやってきたわけです。
平日は残業当たり前の仕事熱と、
土日も読書とセミナーに励むなど、
すごく仕事に燃えていた時期でした。

外から眺めると昭和の時間に止まっているような教育現場です。
しかし、
子どもたち1人1台のiPad授業、
プロジェクト学習、
アクティブラーニングなど、
意外と教育現場も時代に合わせて変わっているのです。

僕も最先端教育というものを、
いち早く取り入れていました。

こんな感じで情熱を持って教師に取り組んでいました。
ただ、どんな教育メソッドを取り入れても、
「まぁ、こんなものか」と冷めていた自分がいました。

なんか自分の中でいろいろやり切ってしまった想いがあり、
正直「つまらないな」という気持ちが湧いてきました。
(もちろん自分の力不足なんだと思いますが)

それでも収入だって大切ですし、
何とか騙し騙し働いてきました。

ただ、適応障害とは自分と環境との巨大すぎるギャップによって引き起こされるものです。

「つまらなくなった仕事をこれからもやり続けるのか」という不快感は、
やはり適応障害を引き起こす原因になったのだと思います。


②ライフステージの変化

僕はこれまで5校以上の教育現場を経験してきました。

適応障害になった職場では、
結婚や子どもが産まれるなどのライフステージにも大きな変化が生まれました。

これまでは、
「クラスの子どもたちのために頑張ろう!」という価値観でずっと働いてきました。

それが生きがいだったので、
土日に働くのも苦ではありませんでした。

しかし結婚や子どもが産まれたとなると、
自ずと価値観も変わってきます。

妻や我が子を第一に生きています。
人によって価値観があるとは思いますが、
僕は家族第一主義なのです笑


そして後ほども述べますが、
適応障害になった1年間はとてつもなく心と体に負荷がかかる時期でした。

「家族第一」が価値観である自分が、
仕事でこんなに苦しんで、
いったい何の意味があるのだろうと、
思い悩んだ時期でした。


③とてつもなくつらい仕事

バーンアウト症候群になろうと、
ライフステージが変わろうと、
仕事内容によっては適応障害にならなかったと思います。

しかし、
適応障害になった1年間は、
これまでになく、
つらく、
苦しい時期でした。

もし関係者がこの記事を見ていたら、
迷惑をかけるかもですので、
あまり詳しくは書くことはしません。

まぁ世間一般で騒がれている教師の過酷さだと思ってください笑(当人は本当につらいですよ)

先ほど、
「適応障害とは自分と環境との巨大すぎるギャップによって引き起こされるものです」
と言いましたが、

とてつもなくつらい仕事は、
この条件の最たるものですね。


人生つらいことも経験して強くなるものです。

しかし、
バーンアウト症候群やライフステージの変化、
そこに巨大すぎるギャップがやってくると、
心のコップの水が溢れ出てしまうのですね。


④「他人のせいにするな」

「他人にせいにしては問題を解決できない」

僕もそうだと思います。

今までそう思っていましたし、
これからもそう思うでしょう。


しかしですね。


たとえば「いじめ」です。

いじめられた側に、
「他人のせいにするな!」
なんて言えますか?

僕が元教師だからではなく、
多くの人がそう思うのではないでしょうか?


他人のせいにしないということは、
「自分のせい」にするということです。


僕が適応障害になったことも、
世間の「いじめ」も、

被害者に原因があったのではないか?

確かにそうかもしれません。


とはいえ、
加害者側にだって原因はあるでしょう。
手段が違うでしょう。


だから、
仮に「自分のせい」だったかもしれませんが、

もう一度こう問い直しませんか?

自分「だけ」のせいではない。

と。


適応障害になった僕はこれまでの価値観で、
「他人のせい」にせず、
「自分のせい」にしていました。

そしてすごく苦しみました。

しかし、
自分「だけ」のせいではない。

そう思えたときに、
心が軽くなり、
また新たな価値観が生まれました。


⑤「あのときも乗り越えられたのだから…」

人生、
山あり谷ありでして、
その中で成長していきます。

そして、
あのときの困難を乗り越えたことは、
自分の糧となって、
つらいときも自分を支えてくれます。

僕もそう思っていました。


適応障害になったときもつらい日々でした。

しかし、
過去の困難を乗り越えてきた経験から、

今回も乗り越えられる!

これを乗り越えればまた成長できる!

と思っていました。


でもふと思ったのです。

過去につらいことがあって、
今もつらいことがあって、

これって、
ただのつらいことの足し算ではないかと。


つらいことが足し算のように積み重なっていけば、
そりゃ苦しいに決まっています。


大切なのはつらさのタイミングです。

教師である僕は基本1年ごとにクラスが変わり、
状況が変わります。

大変な年もありましたが、
翌年にはリセットされ楽しく過ごしていました。


ただし、
適応障害になったときはバーンアウト症候群やライフステージの変化、
そしてかつてないほど重くつらい仕事など、
数年に渡り、
つらい日々を送ってきました。

リセットやリフレッシュすることなく、
つらい日々。

それも長期に渡ります。

終わりも見えません。

こうして、
心が体に異変が起きてきました。


「あのときも乗り越えられたのだから…」は大切です。

しかし、
そのときの経験すら遥かに超え、
終わりも見えないとき、
この考え方は逆に体調に異変を起こすまで、
無理をさせてしまう原因となります。



いかがだったでしょうか?

長々と読んでいただき、ありがとうございます。

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適応障害の悩みは、家族や友達にも相談しづらく、孤独になりがちです。

ぜひ一人で悩まず、一度相談してみてください。

これからも一緒に乗り越えていきましょう!

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